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ゾロ誕2015☆リクエスト小話 (4つ)

※ゾロ誕2015を記念して、Twitterでリクエストを募集させてもらいました。お話はそれぞれ独立して、4つあります。

7時20分のカレーライス  [現パラ]

 

リクエスト:二人でカレーを作るゾロサン

 

 

 午前0時の時報を聞いてゾロはパチリとテレビを消した。

 つまみを乗せていた皿をシンクに置いて、ウィスキーボトルを棚の下にしまい込む。

 白熱球の明かりを「2」に落とし、大きなあくびをひとつ零す。ベッドに手をかけたところで外階段をあがる足音が聞こえた。

 ゾロは扉をしばし見つめて裸足のままで玄関に下りた。チャリ、と金属の触れる音のあとでガチャガチャと鍵穴を探す気配が聴こえる。

「……あ、ゾロ。まだ起きてたのか」

「あぁ、今から寝るところだ」

 間に合わなかった。そう言いながら手渡されたビニール袋には、赤いパッケージのチョコレートと小さなチーズケーキがひとつずつ入っていた。透明な瓶がぶつかり合って音を立てる。青いラベルに白い印字がほどこされている酒は、ふたりがよく一緒に飲んでいるカクテルだった。

 

 ――金曜日。

 役者仲間に連れられてそのクラブに足を踏み入れたのは夏のことだった。

 ジャカジャカとうるさい音楽に、鼻を突く酒の匂い。くねくねと腰を振る女を見ながら丸テーブルに肘をついた。

「つまんなそうだな、あんた」

 いつの間に隣にやって来たのか、金髪の男がゾロに声をかけた。

 ゾロは黙って視線を向ける。音楽の音にかき消されて声がうまく聴こえない。

「なんだ?」

「ヒマそうだ、っつってんだよ。なに飲んでんの?」

 ゾロは眉間にしわを寄せ、声の主に耳を傾けた。周りが賑やかになればなるほど人の距離の縮む場所だ。

「あ? 知らねぇ。なんか、強ぇ酒だ」

「へぇ……!」

 男はケラケラと可笑しそうに笑ってゾロの肩に腕を組んだ。タンクトップから伸びた腕がゾロの肩をぐい、と引く。細い腰に似合わない強い力。強い酒の匂いに混じって甘い香水の匂いが漂う。

「俺さ、次の番で出番終わりなんだ」

「そうか」

「あんた、このあと時間あんの?」

「あぁ? まぁ……終電までは」

「……なぁ。じゃあ、さ」

 試すように1拍置いて男がゾロに腰を寄せる。前髪に隠れた右の目が、ゾロの傷をまっすぐに見た。

 ――楽しいこと、しねぇ?

 耳元で囁かれる濡れた台詞がやたらとくっきり鼓膜に触れる。

 ジャカジャカとうるさい背景に、色づいた視線が浮かび上がった気がした。

 

 

 チラ、と玄関の時計を確認するとちょうど0時と15分をまわったところだった。

 ゾロはそれを確認するとサンジに向かって声をかける。

「まだ、大丈夫だろ」

「いや……15分過ぎちまった。おめでとう。あと、ただいま」

「あぁ」

 おかえり。

 ゾロが答えると、サンジはにこりと頬を緩めた。

 たった一夜の関係だったはずが、サンジはいつの間にかこの家に帰ってくるようになった。

 クラブでさんざん酒をあおり、へべれけになって扉をノックする。

 夜中の2時3時は当たり前で、ときには外が明るくなっていることもあった。

 ベッドにごそごそともぐりこんで、ゾロにぴたりと肌を寄せる。

 そのままセックスをすることもあれば、何もせずに眠ることもあった。気が向いた時だけ現れる、近所のねこのようなものだった。

「おかえり」

 もう一度。声をかけると、サンジはふわりと頷いた。えらくゆっくりとした動作にゾロはわずかに首を傾げる。

 さらり、と金糸を梳いた掌がいつもと違う感覚を拾う。ゾロは妙な心地がして、サンジの顔をまじまじと見遣った。

 おかしい。何かが。

「お前、なんかいつもと……」

「え?」

 見上げるサンジの瞳が濡れる。頬が赤い。ふいにふらりと視界から消えた体を、ゾロは咄嗟に抱きかかえた。

「おい、なにっ……」

 そのままずるずると崩れ落ちる体をゾロは両腕で抱き止めることしかできない。

 

「38度5分……」

 ピピピ、と電子音を鳴らした体温計を取り上げて、ゾロが小さく息を吐いた。

 熱、あんじゃねぇか。そう言って額に手のひらを当てると、指の隙間からサンジが笑う。

「悪ぃ……ケーキ、作れなかったな」

「買ってきてくれたんだろ。十分だ」

 しめった前髪をかき分けると気持ちよさそうに目を細める。固く絞ったタオルを乗せると「んん……」と苦しそうに喉を鳴らす。

「なぁゾロ。俺、料理も得意なんだぜ」

「あぁ」

「今度お前に、作ってやるよ」

「あぁ」

「そうだ、明日の昼なんてどうだ。俺、あしたオフだし、なんだったら買い物も、」

「わかった。食ってやるから。もう喋るな……寝ろ」

 くしゃ、と髪の毛を撫で付けるとサンジは仕方なく目を瞑る。

 子どもじみたその仕草にゾロは黙って目を細めた。

 

 サンジは酒を飲んだときと弱っているときに、よく喋る癖がある。

 あの夜、酔いに任せてさんざんゾロを煽っておきながら、なかに入ったあとのサンジはやけに静かだった。

 イヤイヤをするように毛布に顔をうずめ、白い頬を紅に染める。

「お前、やだ……優しく、すんな……」

 掠れた声で届いた台詞にゾロの理性が一瞬、途切れた。

 気づいたら朝がやってきていて、サンジは隣にいなかった。

 

「……ん、あれ……」

「起きたか」

 カーテンをそっと開いてやると、サンジは眩しそうに目を瞑った。額に手のひらをあててみる。

「熱、下がってんな」

 ぱちぱちと目をしばたかせて、サンジがゆっくりとゾロを見上げた。まぶたにキスをひとつ落とすと、なにか言いたげに目を細める。

「なんだ」

「……なんか、作った?」

「お? よくわかったな。カレーだ」

 ゾロが言うとサンジは少しだけ考えるそぶりを見せて、それからふっ……と頬を緩めた。

「お前……病人にカレーはねぇだろ」

「それしか作れねぇんだよ」

「だからって……」

「てめぇみてぇに器用じゃねぇんだ」

 はぁ……と大きくため息をつけばサンジが「ははっ」と楽しげに笑った。ベッドのなかから抱っこをせがむように伸ばされた両腕ごと、ゾロはサンジをぎゅ、と包んだ。

「作れねぇなら無理すんなよ」

「うまかった、ケーキ」

「うん」

「誕生日、最高だった」

「……うん」

「つぎは、てめぇのやつ食わせろ」

「うん。……うん」

「あと、」

 うん? と見上げるサンジの視線に、ゾロの視線が優しく交わる。

 朝の光がキラキラと落ちる。5センチあいた窓の隙間から風が吹き込んでカーテンを揺らす。綺麗だ、と思う。こいつの生きている世界が、綺麗だ。

「お前もう、うちに住め」

「……え?」

 毎日、待ちくたびれるんだよ。

 はぁ、とため息をついて目をそらす。

 カーテンのレースがひらひらと揺れる。

 たっぷり10秒の間を置いて、サンジがそっとキスをする。

「風邪、はやく治せよ」

「……汗、かいたら風邪、治るんだってよ」

 いたずらっ子のように目を細め、ゾロの首に腕をまわす。三回目に深い口づけをして、落ちた布団を右手で引き上げた。

 キラキラと落ちる太陽がふたりの背中に幸福を散らす。

 真っ白い風が空気を揺らしてふたりの明日を彩っていく。

 小さくひそめた笑い声、ベッドの軋み、布団のこすれる音。

 煮込みすぎたカレーの匂いが、光のなかに溶けていく。

 

 

 

(ゾロ誕 2)

 

 

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