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ゾロ誕2015☆リクエスト小話 (4つ)

※ゾロ誕2015を記念して、Twitterでリクエストを募集させてもらいました。お話はそれぞれ独立して、4つあります。

絶望誕生日0001(スリーオーワン) [海賊]

 

リクエスト:1ミリもゾロを祝わないサンジちゃん

 

 

俺はいま、絶望している。

1年365日、8760時間。

宝くじだって当たらないこんな世の中で、どうして今日という日に遭難なんかしてるんだ!

 

遡ること12時間前。

朝からそわそわと落ち着かないクルーたちに、俺は極力平静を装っていた。

「サンジくん、準備はどう?」

「俺はいつもどおりさ」

「でもほら、いろいろ……頼んだじゃない、アレとか」「なあ、アレとか」「アレとかね」

とある男の目を盗むようにクルーが口々と口裏を合わせる。

俺はそんなこと興味もなかったって風に、ぷかりと煙草をふかして笑った。

できるだけ、いま気づいたみたいな声色で。

「あぁ、そんなこと。コックの俺にはいつもどおりだよ」

ひらりと手を振ってデッキを立ち去る。

うまく、誤魔化せただろうか。

扉を押し開けたキッチンからは、甘い香りがふわりと漂った。

 

――クルーの誕生日には、サプライズを。

いつからかこの小さな船には、そんなささやかなルールが生まれていた。

なんせ寄せくる波に退屈して、寄せくる波を眺めるような船旅だ。なにか暇つぶしはないものかと、躍起になるのも気持ちはわかる。

10日魚が釣れないことがあれば、20日雨が止まないこともあった。嵐はむしろ大イベントのようなもので、俺たちはいつだって暇を持て余した。

そもそも俺たちは誕生日を誰かに祝ってもらえるような、呑気な人生を送ってきたわけじゃない。

それぞれが小さな絶望を抱える日。それが誕生日だったとも言える。

だからこうして誰かに祝ってもらえることを、お互いに喜び合っているところもあった。

 

俺は鼻歌さえ歌いながらオーブンレンジの扉を開けた。

熱の残ったオーブンのなかで、香ばしく色づいたスポンジがふわふわと湯気をのぼらせている。

――天才、おれ。

俺はなんだかいい気になって、咥えタバコを甘く噛んだ。甘く苦い毒の味が舌の先をピリリと刺激した。

 

ゾロの誕生日には船上パーティをしようと、言い出したのはチョッパーだった。

俺たちクルーの誕生日は、ロビンちゃんの2月に始まって7月のナミさんまでほとんど1ヶ月に1度の頻度でやってくる。

島のホテルを貸し切ったり、手作りのプレゼントをこしらえたり。

勘のいいロビンちゃんなんかのときには、話し合いをするのもひと苦労だ。(だって耳が生えてくるんだぜ?)

そうしてそこからゾロまでの間が、少しだけ離れている。

盛大な打ち上げ花火をしたナミの誕生日から、お祭り騒ぎはしばらくおあずけになっていた。

「な、いいだろ? ちょうど海の上にいる期間だし、それに」

チョッパーは芝生に立ち上がって(なぜだか大きい方の姿になっていた)、ぐるりと一味の顔を見まわして言う。

「サンジのご飯、ゾロ好きだと思うんだ」

 

誕生日会は前日の夜と決まった。

0時を超えるときにみんなで歌を歌いましょうと、珍しくロビンちゃんが言い出したからだ。

俺は上機嫌でその提案に賛成して、早速頭のなかでメニューを組み立てる。

――ゾロの好きなもの、ゾロの好きなもの……。

「おいサンジ、変な顔してんぞ」

「うるせぇ、てめぇよりマシだ」

長い鼻をぐい、と折ってサンジはそそくさと立ち上がる。

それを合図に三々五々散っていく仲間たちを背に、サンジは小さく息をついた。

 

まさか俺がゾロに惚れちまうだなんて、一体誰が想像できただろう。

 

レディ至上主義を自他ともに認めるこの俺が、れっきとした男、それも暑苦しくて薄汚い、この船でもっとも人間から遠い野生のマリモに、まさか「恋」をしているだなんてまったく背中に寒気の走る話だった。

実際それに気づいたときには、三日間熱を出したほどだ。

あのときチョッパーは「たちの悪い風邪だ」と言ったけど、そうじゃないのを俺は知っている。

だって三日目の夜にゾロがやってきて、悪夢にうなされる俺のタオルを替えやがってから(仲間たちは順番に俺の看護をしていた)、嘘みたいに熱が引いて、代わりに胸の痛みが残ったのだ。

――こいつがいつか俺の知らない場所で、死んでしまうことに腹が立つ。

その思いはいつだってあいつに抱くもので、今さら改めて自覚したものではなかったけど、それが歪んだ「独占欲」だと気づいたときに、全部がストンと落ちてしまった。

 

恋心を自覚したからって、俺の態度が変わるわけじゃなかった。むしろびっくりするくらい、俺はゾロにむかついていた。

おかしいだろ? 恋をしているからって、あいつを贔屓できるわけじゃないんだ。俺の知らないところで野垂れ死ぬことへの怒りは、歪んだ恋心の裏返しだって気づいたけど、ゾロに対する気持ちも態度も俺は全く変わらなかった。

 

そうして、振り出しに戻る。

今から12時間前のことだ。

普通にみんなに朝飯を食わせてやってから、俺は夜の仕込みに取りかかった。

そのときの俺はちょっとおかしなくらい機嫌がよかった。

にやける頬を無理やり押さえ、いつの間にか入る気合いをできるだけ抜いて。

そうやって自分を押さえつけていなきゃ、何かがほころんでしまうくらいには浮かれていた。

――サンジのご飯、ゾロ好きだと思うんだ。

たったそれだけの言葉でこんなに胸が高鳴っちまうだなんて、俺はどっかが壊れてしまったんじゃないかと思う。

あいつが俺の飯を好きだなんて、まるで俺のことを好きみてぇじゃねぇかと思ったんだ。

変な考えだ、って自覚はあった。まったく気色の悪い話だろ?

 

……ところが。

 

まるで漫画みたいな展開って、ときどきあるんだ。

悪いことには悪いことが重なるというか、悪循環にはまりこむというか。

洗っていた皿を落として割って、破片で指を切ってやけどする、そういうときが人生にはときどき、ある。

降り出した雨が風を連れて、波を巻き上げ、船を揺らした。どかどかと落ちた雷に俺たちはなすすべもなく、ついにはそれぞれてんでバラバラに海へと放り出されてしまったのだった。

 

そうして目が覚めたのがこの島だった、ってこと。

真っ白な砂浜で目を覚ますと、しがみついていた流木はこなごなになって辺りに散らばっていた。

「――……おい、起きろ」

俺はしばらく呆然として、仕方なく隣で眠っている男に声をかけた。

誰ってそりゃあ、聞かなくてもわかるだろ……未来の大剣豪、ロロノア・ゾロだ。

俺たちは投げ出された海で藻屑として波間に出会い、暴れ狂う流木にしがみついた。そのままあれよあれよと海に引きずり込まれ、命からがらここまで泳ぎついたのだった。

「おい、起きろ。ゾロ」

少し強めに背中を揺すれば、さすがに今日ばかりは目を覚ます。眩しそうに俺を見上げて、それから大きくあくびを零した。ったく、こんなときに呑気な奴だ。

「あ~……生きてるか、マリモ」

「見りゃわかんだろ」

ぼりぼりと緑の頭をかきむしり、はぁ、と大きくため息をつく。俺はそれにカチンときて、意味もないのに「くそ、死ね」と文句を言った。

そうだよ。ため息をつきたいのはこっちの方だった。俺はぎりぎりと奥歯を噛む。

なんで今日、この日に限って、こいつと俺がふたりきりなんだ――――

「まぁ、船を待つしかねぇな」

白い砂浜を適当に眺めてゾロがゆっくり背伸びをした。こんなときに、本当に呑気な奴だった。こいつは自分の誕生日なんかまるでなかったことのように、こうしてのうのうと今日を過ごすつもりなのだ。

俺は正直、腹がたった。なんだって、こんな日に、お前とふたりきりで過ごさなきゃならねぇんだ。

仲間たちと祝うならまだしも(だってどさくさに紛れておめでとうって言えるだろ?)、ふたりきりで「おめでとう」なんて、気持ち悪いにもほどがある。

俺は絶対に誕生日なんか祝ってやらねぇと、心の奥底で決意した。

ゾロのことだ。どうせ誕生日なんか覚えてやいないし、昨日の準備にだって気づいていない。

俺だけがもやもやと気にかけて、こいつは祝われるだなんてこれっぽっちも思っていやしないのだ。

――不平等だ、と思った。

俺とゾロは、不平等。

それに気づいたとき、俺は内心密かに傷ついて、同時に少し安心した。

俺たちはいつだって不平等だった。同じように見えて、全然違う。

持っているもの、手放してきたもの、生きてきた道、強さと、弱さ。

生きるということはこういうことだ。生まれつき俺たちは不平等で、不公平で、理不尽で、救いようがない。

だからって何を恨んでいるわけでもなかった。俺はここまで人並みかそれ以上に、平凡な幸せを噛み締めて暮らしてきたのだ。

だからほんの少しの不平等――例えば、俺がゾロを盗み見したときにゾロは空を見上げていることとか、敵に向かって剣を振るう瞬間に背筋に電気が走ることとか――は、甘んじて受け入れるしかないってことだ。

 

俺たちは白い砂浜に座って海を見つめてしばらく過ごした。

昨日の嵐が嘘のように海は凪いで穏やかだった。

「お前、船が来たら教えろよ。俺は食いもん探してくる」

濡れて乾いてごわごわになったマリモ頭に声をかけ、俺はくるりと背を向けた。

このままこいつとふたりきりで過ごすだなんて、俺には到底耐えられそうもなかった。

白い砂浜の波打ち際、惚れた奴とふたりきり。しかも今日は誕生日――――

あぁ、これが可愛いレディだったら……。俺は涙をこらえてそう思う。どうして相手が、ゾロなんだろう。悲しいけれど、惚れている。

しばらく船は来そうもなかった。俺はそそくさと歩き始める。

「待て」

「あ?」

「俺も行く」

背中から聞こえたゾロの言葉に俺はぎょっと振り返った。

まさかそんなことを言われると思わなかった。

これで1日マリモとおさらばして、0時を越えたら飯でも届けようと思っていた。

ばっちり目があったゾロはなんてことないって顔で、俺のことを不審そうに見ている。

「なんだ。なんかまじぃか」

「いや……」

まずくないはずがない。俺は一瞬逡巡した。でもここで「そうだな、まじぃよ」だなんて言っちまえば、その先をどうやって取り繕えばいいかわからなかった。『だって俺、お前を祝いたくなっちまうもん』……? それだけは、避けておきたい。

「別に。勝手にしろ」

だから俺はゾロに向かって、できるだけどうでもいいように台詞を吐き捨てた。

お前がついて来ることを俺はなんとも思ってない。そうやって俺が思ってるって風に、今のはちゃんと聞こえたはずだ。

 

森にはうっそうと緑が茂り、豊かな土壌が想像できた。

さっき通ってきたマングローブ林が海水の塩分を吸収しているのだろう。食用にできる果物や木の実、肉厚のキノコなんかが群生している。

俺たちは湿った土を踏みしめてどんどん奥へと進んでいった。奥へ進むほど植物は増えて、海のまんなかに浮かぶオアシスのようだった。

「あ」

思わず声を上げた俺は、目の前の枝先に目を凝らした。ちょうど目の高さより少し上、細い枝に寄り添うように小さな花びらがぽん、ぽん、と咲いている。

「なんだ」

「あれ。チャノキだ」

声をかけると、ゾロが視線の先をたどった。小さな花びらは黄色みがかった白色をしていて、柔らかなこもれびを浴びている。可愛い花だ。

「食えるのか?」

「違ぇよバカ。ありゃお前の――」

そこでハッとした俺は、あわててごくりと言葉を飲み込む。怪訝な顔をしたゾロに向かって「なんでもねぇよ」と吐き捨てる。

ちょっと油断すると、こうだ。

額の汗を拭きながらこっそりため息をつく。

だから嫌だったんだ。

 

自分の生まれた日の誕生花だなんて、ゾロが知っているはずもないのに。

 

俺はそのあともこうやって、何度も危ない瞬間を迎えた。

森にはさまざまな命が息づいていた。

美しい色の石を見つけて、アイオライト(こいつの誕生石だ)に似ていると思った。飛び跳ねる鹿の後ろ姿に、チョッパーの作った首飾りを思い出した。(一番にこいつにかけてやるつもりだったんだ)

花や虫、風や色までもが、すべてこいつの誕生日を暗示している。

「――――つ、つかれた……」

白い砂浜に座り込んで俺は大きくため息をついた。

パチパチと燃える薪の音が静かな波音に重なっていく。

「あ~……ペルセウルだ」

夜空をぼんやりと見上げたまま、俺はぼそりと言葉を零した。夏に比べて地味な夜空。光の弱い繊細さが、俺は昔から好きだった。

「てめぇ、」

隣から聴き慣れた声が聴こえる。波の音が寄せては返す。

耳障りで、うっとうしくて、どうにもこうにも腹が立つ。胸の奥がチクリとするのに、むかつくくらい聴きたい声。

「俺になんか、言うことあるんじゃねぇか」

パチパチと火の粉が弾ける。白い砂浜がどこまでも続く。黙り込んだ夜の海には静かな星が降り続けている。

「あぁ、あるな」

白い煙が風に消える。森のざわめきが頬を撫ぜる。

俺は慎重に言葉を選ぶ。

絶対に1ミリだって、祝ってやらない。

「俺ァお前に惚れてんだ」

波打ち際が近づいては遠のいて、まるで俺たちの距離のようだった。近づいたと思ったら離れていく。不平等な繰り返し。

いったい何遍繰り返せば交わるのだろう。

もう0時は超えただろうか。

「……えらく贅沢な誕生日プレゼントだな」

「うるせぇ、ひとりで勝手に祝ってろハゲ」

俺は砂浜に大の字になって、果てしない空を思い切り仰ぐ。

鼓膜を揺らす波の音。

星の光と火の粉が舞って、ゾロの口づけを適当に彩る。

「痛ぇ」

「なにが」

「心臓」

 

これがゾロの誕生日だった。

絶望的だろ?

それから俺たちは仲間の船に拾われて、2日遅れてパーティを開いた。

俺は自分への約束通り、これっぽっちも祝ってなんかやらなかった。

 

 

 

(ゾロ誕 3)

 

 

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(4) ホワイト・アウト 【ハンジン】

 

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