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春に舞う、雪は 2 ~ ひとり ~

 

 

「いっ・・・てめ!なにやっ・・・ッやめ・・・っ」

 

息を殺した欲情の気配が、上から獰猛な影を落とす。バンザイをするような体勢でベッドに押さえつけられた両腕に、短く切られた爪が食い込み、ギリギリきしんでいる。

熱い。頬を伝い落ちる汗が、サンジの開いた胸元にぽとりと雫をたらし、その囁かな刺激で、躰がびくりと跳ねる。

「待っ・・・なにす!ッくっ・・・んんっ・・・ッ!」

首筋を、胸元を、憎らしいほど執拗に舌が這いまわる。思わぬ快楽に油断した刹那、いきなり薄紅色の突起に噛み付かれる。驚きだけではない声が漏れ出そうになり、必死でこらえる。

 

熱い。

 

苦し紛れの抵抗は、もはや意味をなしていなかった。のしかかった重みのせいか、いつもの足技がうまく使えない。

 

乱暴に押さえつけていた両腕を片手で捕らえ直し、あまった右手がサンジのベルトにまわされた。抑えた吐息に混じって、カチャカチャという金属音が部屋に響く。細身のズボンにかけられた掌が、いつの間にか窮屈になっていた前を緩める。

 

なぜだか、これ以上力が入らない。

 

ふっと、体が軽くなった。その隙をついて、こみ上げる悪態を投げつける。

「ッてんめ!!見損なったぞ!なにすん、・・うあぁっ!」

まるでがらくたを扱うかのように、軽々とひっくり返されたサンジは、あろうことか、真っ白い臀部を突き出した格好のまま、後ろから力づくで抱きすくめられた。

 

「うわっ、やめろ、・・あッ・・・っ!お、おれ、は、―・・・ッ 男だぞ!!!」

 

羞恥の叫び声を振り絞ると、野獣の動きがピタリと止まり、真上からギロリと、サンジを見下ろす。その気迫に気圧され、一瞬、気を抜いた。

 

「あぁ。知ってる。」

 

硬い熱は、一直線に、サンジのなかを貫いた。

 

「ッく・・・っぅああぁッッ!!!!!」

 

 

 

-------

 

 

 

――・・・はぁっ・・・はぁ・・・ッ・・・!

 

自分の嬌声に飛び起きると、そこはいつもの清潔なシーツの上だった。

真っ赤なカーペットはふかふかと部屋中を包み、甘やかな薔薇の香りが、控えめに鼻先をくすぐる。シルバーで整えられた品のいい食器が、磨き上げられたガラスも美しい紫檀の棚に整然と並ぶ。

 

窓になびく繊細なレースは、キラキラと舞い降りる朝日をまだらにし、ストライプシャツのよれた胸元を照らしていた。ベッドの脇に脱ぎっぱなしたジャケットが、昨晩の疲労を思い起こさせる。

 

息が荒い。

 

頭上で真っ黒に燃える鋭い眼光を思いだし、身震いする。耳元をかすめる声も、手触りも、汗の匂いまで、あれは確かに、・・・アイツだった。

上気した頬に手をあてる。額からつぅっと、雫が流れ落ちる。自分の鼓動の速さに激しい嫌悪感を覚え、震える手元を誤魔化すように、煙草に火をつけた。

 

「・・・なんで、マリモなんだよ・・・。」

 

 

コンコン、とドアがノックされる。にじんでいた涙を慌ててゴシゴシと拭きとると、声をかける間もなくガチャリと扉が開いて、見るもおぞましい顔がのぞいた。

「あらっ!コックボーイっ!んまぁっ、今日も色男っ!」

「るせぇっ!朝っぱらからその気色悪ぃ顔のぞかせんじゃねぇよ!今日は疲れてんだ、ちったァ寝かせろ!」

カマバッカ王国の自称“女”王は、サンジの悪態をものともせずにずんずん近づくと、大きな窓にかかる薄いカーテンを、ひといきに開け放った。

 

燦々と降り注ぐ陽の光が、寝起きのまぶたに眩しい。雲のない、真っ青な空が見える。いい天気だ。今日は大事な日なんだ、神様、てめぇに感謝するよ。

いつもより念入りにお空のご機嫌を確認したサンジは、不本意ながらしぶしぶと、目の前に立ちはだかる巨岩に目を移す。ありゃどう見ても、“魔”王だろう。

 

「んまぁっ!照れるヴァナータも可愛いわ!ますますいい男!昨晩はずいぶんと盛り上ががってたじゃなァい?」

「あぁ、このクソ地獄からようやくおさらばできると思ったら嬉しくってよ。頼んでもねぇのに気持ち悪ぃダンスまで見せびらかしやがって・・・。おれァ、修行の成果を認めてもらうだけでよかったんだ!」

「んまっ、せっかくじゃな~い?美味しい料理にいい男とくれば、そりゃあもう楽しい宴が始まると、世の中は決まってるの!ヒーハー!」

真紫の口元をこれでもかとかっ開き、吐き気を催す雄叫びを轟かせる。

 

二年。

遠く離れた船長との、固い約束だった。

 

本日快晴。太陽に祝福された、絶好の出航日和だ。

もうあいつらは、あのシャボン玉のまちに、集結し始めたのだろうか。苦々しい思い出も、いまとなっては過去のものだ。知らず知らずのうちに、頬が緩む。

 

「ふんっ、こんなところ、一分でも一秒でも、猛烈に早く抜け出してぇよ。レディのために生まれてきたおれの体が、ここの空気を吸いこむのも惜しいくれぇだ。」

「あら、相変わらず、素直じゃないわねっ。」

「紛れもねぇ正直だよ!・・・で、船は用意してくれんだろうな?」

「当たり前よ!ヴァターシたち新人類、トモダチの友情は、死んでも守ってアギャなブルよ!・・・でもねヴァナタ、そう照れてないで、お昼ご飯だけでも食べてかない?この二年、朝も夜もなく戦い通しで、人の作ったご飯なんて、食べる暇なかったんでしょ?」

「・・・ん?あぁ・・・そういえば、そうだな・・・。」

 

伸びたあごひげに指を沿わせ、しげしげと考える。

 

どういう悪縁だかこの島に吹っ飛ばされ、勝負を買ったのはおれだった。

毎日毎日、反吐が出るほど凄まじかった。可愛いレディちゃんたちにご奉仕する美しい日常が遠のき、凶暴な「オトコ」たちに追い掛け回される日々。惨劇からただ逃げ惑い、そして幾度となく戦い続けた。思い出すだに身の毛がよだつ。強くなりたい、ただその一心で生き抜いた。

 

そして。

サンジは、ここカマバッカで初めて口にした朝食を思い出していた。

 

こんな青ひげクソじじぃども、レディに捧げる人生のほんの一秒でも関わりたくなかったが、ただあのメシは、確かに、このおれを一瞬で惹きつけるほど、“美味かった”・・・!

 

「ね。そうしなさいよ。昨日のヴァナタの豪快な料理たち、とにかく素晴らしい攻めだったわ!文句のつけようがなかった!でもヴァタシたちだってこの二年、ヴァナータのおかげで、腕をあげたの。99のバイタルレシピ、みるみるうちに吸収していくコックボーイを見て、おちおちしてられなかった・・・!新人類拳法だけじゃない、キャンディ達の料理の格だって、二年前とは段違いよ!」

「はんっ、あまりの美味さにひでぇツラ下げて、びいびい大泣きしながらメシ喰ってた奴らに、そんな大口叩かれたくもねぇな!・・・だが、うん、・・・悪くねぇ。昼飯、喰ってくよ。作ってくれんだろ?」

「ヒーハー!任せなギャブル!そうと決まれば、宴の準備ね!」

「おいおい、それはもういいよ、最後の日ぐれぇ、静かにメシだけ喰わせやがれ。」

 

サンジの嘆きを聞いたかどうか、新人類王国の“女”王は、鼻歌をにじませながら食事の準備へと歩を進める。

 

 

人を作るのは、飯だ。

 

そして、あの一味を強くできるのは、ただ独り。

 

 

この、俺だ。

 

 

地獄の二年で叩き込まれたのは、武力でも、料理の腕でもなく、

今胸にぐらぐらと煮えたぎる、この「覚悟」・・・だったのかもしれない。

 

 

 

-------

 

 

 

窓の外から、鳥たちの歌声がこだまする。時折混じるはずれたリズムは、いままさに旅立とうとしている、雛鳥の声だろうか。

 

ピカピカに磨かれたドアノブに手をかけながら、イワンコフがぽつりとつぶやく。

「麦わらボーイが、待ってるわね。」

「・・・あぁ。」

 

紫煙の向こうに、屈託のない笑い声が聴こえる気がする。

あいつのことだ、どうせまた、強くなってんだろ。トナカイはきっと、頼れる医者になってるだろうし、ガイコツだって底が知れねぇ。船なんか、今の大工じゃ絶好調だろう。長っ鼻は、さぼっちゃねぇだろうなぁ?あぁ愛しの、ナミすわんにロビンちゅわん!それから、・・・クソマリモ。あいつァそもそも、島に辿り着けんのか?剣士だかなんだか知らねぇが、そろそろ大剣豪様ぐれぇ、気安く名乗ってもらわねぇとな。

 

でなきゃ、今のおれに、釣り合わねぇ。

 

 

思い浮かぶのは、あいつらの笑顔ばかり。

懐かしさと暖かさで、胸がいっぱいになる。あぁ、・・・会える!

 

 

イワンコフは、サンジの優しい横顔に希望を見とってから、何かを思い出すように目を細めた。

「あの子の強さも、脆さも、・・・体が耐えてくれることで、最後の一歩を踏みとどまれる時ってのが、あるのよ。・・・守ってあギャなブル・・・っ!」

「あぁ。・・・わかってるよ。」

「それから、」

「あぁ?まだ何かあんのかよ、」

 

うっとおしげなサンジをチラリと見遣り、意味ありげなひと呼吸をおいて、女王が口を開く。

「お風呂。沸かしておいたから。」

「は?」

 

「ヴァナタ、朝からずいぶん、・・・盛り上がってたみたいだから。」

 

「は、・・・・・・ッッッ!!!!今すぐ出てけクソやろーーーーッッ!!!!!」

 

予期せぬ親切にすべてを思い出し、全力で靴を投げつける。女王はそれをするりとかわし、ニタァと厭な笑みを浮かべてから、バタンと扉をしめた。サンジは真っ赤な顔でぜぇぜぇ息を吐きながら、大柄な足音が心なしか嬉しそうに遠のいていくのを、惨憺たる気持ちで聞いていた。

 

 

 

-------

 

 

 

あぁ、クソ。天気がいいぜ、まったく。

 

はぁ~~~・・・・・・と、長いため息を吐き出す。と同時に、じとり、と気味の悪い感触を感じて、今朝の愚行を思い起こす。

 

夢とはいえ。

 

組み敷かれた荒々しい感触が蘇り、ぶるっと大きく身震いが広がる。

激しく触れる乾いた唇も、抱きすくめられた熱い体温も。片耳のピアスが耳元でこすれる音まで、いやに生々しかった。

 

野獣がおれを、求めていた。全身で。

 

・・・けっ、マリモのくせに、生意気な。

サンジは、赤みの残る顔面を、これでもかとしかめっ面に歪める。

人の上に乗っかって、好き放題やりやがって。慣らしもせずにいきなりブッ込んでくるとは、クソいい度胸だ。おれならもっと、優しく抱いてやる。

 

あぁ、最悪の朝だぜ。

 

情けなく湿った下半身を一瞥し、短いため息をもうひとつついてから、サンジはそろそろとベッドから這い出した。

洗濯乾くまで、出航できねぇじゃねぇか。

 

大きなあくびついでに、うーんと背伸びをする。金色の寝癖をボサボサとかきむしり、疲労の残る全身を引きずって、のそりと風呂場に向かう。

 

――・・・ただの欲求不満、だよな。

 

胸に灯る光の後ろに、微かな痛みが生まれたのにも気づかぬまま、

繰り返しそう、自分に言い聞かせて。 

 

 

 

 

( 続 )

 

 

 

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春に舞う、雪は 3

春に舞う、雪は 4

春に舞う、雪は 番外編

 

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