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世界迷作劇場 1

あかずきん

 

むかしむかしあるところに、サンジという名の、美しくかわいらしい男の子がおりました。

「おいクソじじぃ!これからクソばばぁに料理持ってってやるよ!」

彼はとても口が悪かったので、せっかくの愛らしいみためが台無しでしたが、いつもかぶっている頭巾のおかげで、「あかずきん」というかわいらしい呼び名で呼ばれています。

「おいあかずきん、今日はお使いか?ひとりでびびって、しょんべんちびんなよ。」

「うっせぇカルネ!その呼び方やめろ!てめぇこそ俺の作ったパン食って、うますぎてしょんべんちびんなよ!」

小さい頃に親をなくしたサンジは、ゼフという名のおじいさんのもとで、なんやかやと文句を言いながら平和に暮らしていました。ゼフは料理人だったので、たくさんの弟子たちが一緒に住んでおります。なんせあかずきんは口が悪いので、これまでにたくさんのげんこつを食らってきました。弟子たちは、自分よりも料理がへたくそなくせに、いちいちサンジにちょっかいを出してくるのです。

「おいあかずきん!そんな格好であの林に、」

「んだよ、心配すんな!俺は強ぇんだ!あと、その呼び方やめろっつてんだろ!」

サンジはとにかくやんちゃだったので、まわりのおとなはいつもヒヤヒヤしていました。小さな家のまわりには、豊かな湖と美しい森が広がっていましたが、その森を越えたもうひとつさき、おばあさんの家に向かう途中の林には、じめじめとした嫌な空気がいつでも漂っているのです。目を離すととたん目の前からいなくなってしまうサンジのすばしっこさは、いつもおとなを困らせました。

今日だって、やめろというのにかごを持ち、さっそく森へと駆け出していくではありませんか。

「あかずきん、おいこら!待て、せめてこの銃を、」

「んなものいらねぇや!それに、料理人が手を汚すのはだめなんだぜ、クソじじぃ!あとおれは“あの”あかずきんちゃんとは違うんだから、んな不気味なフラグ立てんじゃねぇよ!」

あかんべーをして、いちもくさんに森へと走り出したサンジの後姿に、ゼフの深いため息は追いつくことができませんでした。

 

さて、湖を超え、森を越えて、サンジはあのじめじめとした嫌な林に差しかかりました。木々が空を遮っているためか、足元には薄暗い陰が落ちています。ここまで全速力でかけてきたサンジは、ぜぇはぁと息を切らして、ふと立ち止まってあたりを見渡しました。

『ったく、これじゃあまるで、童話の世界じゃねぇか・・・。』

サンジは、むかし絵本で読んだ“あかずきん”の話を、知っていました。ひとりでお使いを頼まれた女の子が、おおかみにそそのかされて道草をしている間に、肝心のおばあさんが食べられてしまうお話です。

『か弱いレディに、お使いなんか頼むからだよ!』

レディしじょうしゅぎのサンジにとって、あのお話ほど「むなくそのわるい」ものはありません。むなくそがどんなものなのか、サンジにはよくわかりませんでしたが、とにもかくにも、「むなくそがわるい」のです。

すると、どこかからがさがさと、草むらの揺れる音が聞こえてきました。

『・・・来たか?』

茶色い毛並みの猛獣が飛び出してくることを想定して、サンジはぎゅっと身構えました。

「・・・ってぇな、あー・・ここは、どこだ?」

「・・・?」

しかし、そんなサンジの目の前にひょっこりと現れたのは、どこからどう見ても紛れもない「にんげん」でした。緑色のあたまに、何枚もの葉っぱを乗せたその男は、さも不機嫌そうに、ぶるぶると頭を振っています。腰に携えた鈍色に光る銃口が、男の職業が猟師であることを物語っておりました。

『なんだこいつ?・・・ひょっとして、迷子か?』

いぶかしむサンジの視線に気付いた男が、サンジの方に振り向きます。どうやら男の方にしても、思ってもみない展開だったようでした。

「・・・てめぇ、あかずきんか?」

しばらくの見つめあいが続いたのちにいきなり名前を呼ばれて、サンジはぎくりと固まりました。初めて会ったヤツに名前を呼ばれるだなんて、なんの童話だよと、思いながら。

「えー、と・・・猟師、・・・サン?」

おとなとしてのいちおうの礼儀を知っているサンジは、申し訳程度に敬称をつけながら、やはり怪訝な表情は崩さぬままで、じろりと猟師を見つめ返しました。誰なんだ、この、マリモ頭は。

「しまった。・・・まだ、出会っちゃいけねぇんだった。」

「は?」

ぶつぶつとわけのわからないことを呟いた猟師は、くるりと踵を返します。

「お、おい、てめぇそっちは、」

「悪ぃ。てめぇとは、ばぁさんが喰われたあとに出会う予定だった。」

そう言うが早いか、マリモ猟師はおばあさんの家とは真反対の方角に向かって、がさがさと林に分け入っていってしまいました。遠くで、おおかみの遠吠えが聞こえたような気がしました。

 

さて無事におばあさんの家についたサンジは、なぜか鍵の開いている家の扉をくぐり、おばあさんのいる部屋に向かって、ずかずかと土足で入っていきました。

テーブルに用意されたふたつのカップ、オーブンのなかで甘く焼かれたお菓子。どれもこれもが、いかにも童話の世界です。

『ちっ、不吉だなぁ。』

このあと俺は、おおかみにでも喰われちまうってのかよ。・・・ったく、憂鬱だ。

ため息をつきながらがちゃり、と開けたドアの向こうには、大きなベッドと綺麗な壁掛け、そして、ベッドに・・・

「は、・・・てめぇは、さっきの!」

おとなとしての礼儀もすっかり忘れて、サンジは大声で叫びました。指を刺したその先に、仏頂面のマリモ男が立ち尽くしています。

「おいこら!なんでてめぇが、ここにいるんだ!」

「あー、・・・てめぇ、あかずきんだな?」

「だからそれはさっきも!」

「ったく、いっつも遅ぇんだよ、到着が。」

ぽりぽりと苔頭を掻きながら、マリモ猟師が口を開きました。サンジは言いかけた罵倒を飲み込んで、じろりと猟師を見上げました。

「悪ぃが、ばあさんは先に逃がしたぞ。」

「は?」

「だから、たまたまここを通ったら、おおかみがばあさん喰いに来ちまったんだ。さすがに、本当は怖いで有名な童話といえども、目の前で見殺しにゃあできねぇだろう。それじゃあ、気分悪ぃしよ。」

「は、え?」

突っ込みどころが多すぎて、なにも言葉を返せないまま戸惑うサンジに、猟師はぶっきらぼうに言葉を続けます。

「で、ついでにおおかみも殺っといたから、てめぇはひとまず、そのパンでも喰ってうちに帰れ。」

ひらりと手を振って、部屋をあとにしようと扉に手をかけたマリモの後姿に、サンジは慌てて声をかけました。

「待て待て待て、おい猟師、いろいろ言いてぇことはあるんだが、とりあえずひとつめ!てめぇ、・・・道に迷ったあげく、“お約束”の時間より、先につきやがったな?」

ぎくり、と背中に、効果音が張り付きました。今からすこうし手前、林で出会ったそのときに、こいつは確かに『しまった。』と声に出したのです。何も言葉を発しないマリモ頭の後姿に、サンジはさらに言葉を重ねます。

「んで、ふたつめ!てめぇがさっき林で出会ったあの時間、ほんとは俺は“おおかみ”に出会って、無駄なロスタイムを作るべきだったんじゃねぇのか?」

『いっつも遅い到着』はおそらく、そのロスタイムで作られる時間のはずだったし、それがあるからこそ、“あかずきん”は、成り立っている童話じゃなかったか、確か。

「そんで、みっつめ!・・・てめぇ、この話、向いてねぇだろ、クソ迷子。」

「う、・・・るせぇ!クソがき!!」

ぐるりと振り返ったマリモ猟師の頬が、美しい赤色に染まっていました。・・・図星じゃねぇか!

「んだとこのクソ緑!てめぇに合う仕事ぐれぇ、自分で選びやがれこのアホ野郎!」

「あぁ?!てめぇの汚ぇあかずきんよりゃマシだろごらぁ!」

「うっせぇ!俺はみため天使だから構わねぇんだよクソマリモ!!」

「そんなひよこ頭でよく言えたもんだな、アホ眉毛!」

「なにおう?!」

「やんのかこら!!」

 

「はい、やめーーーーー!!!」

 

真っ白いレースの召し物を着た美しいおばあさんが、ドアをいきなり押し開けました。バン、と開いた木板のせいで、マリモは頭にこぶを作ります。

「黙って聞いてりゃあんたたち・・・!ばあさんの身にもなってみろっての!」

「ナ、ナミすわ、・・・?」

「あぁ、ちょっと待ってサンジくん!アタシとあんたはまだその歳のとき出会ってないんだから、面倒な設定増やすのやめてよね!」

「むぐ、・・・」

「おいナミ、こりゃどういうこった。」

「知らないわよ!そんなの作者に聞いてよね!だけどたぶん、これ以上収集はつかないと思うから、私たちはさっさとここからずらかるのよ!」

「えぇ!そんな!俺の天使時代は、」

「いいからほら!さっさと逃げる!!あんた、作者と一緒にすべりたいわけ?!」

「そ、それは・・・」

口ごもったサンジをひょいと抱えると、猟師はスタスタと森へ向かいました。白いレースの美しい老婆はその首根っこをぐいと掴んで、「ばか!森はこっちよ!」とかなんとかつぶやきながら、さっさと家を、後にします。

 

そのあとさんにんがどうなったのかは、ずっとずっと謎のまま。

深い森に響く美しい鳥のさえずりと、あたり一面に咲き乱れる小さなかわいい花たちは、いつまでもいつまでも、柔らかい季節を彩っておったと、伝えられています。

 

(完)

 

 

 

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