たんぽぽの舞う、海に Since 2013
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世界迷作劇場 1
金のおのと銀のおの
むかしむかしあるところに、緑頭の木こりがおりました。少しずつ森の恵みをいただきながら、まいにちの暮らしを慎ましやかに送っていた木こりは、ある日、森の中で道に迷ってしまいました。
「・・・ここは、どこだ。」
帰り道を探そうと、大きな木におのを振りかざした、そのときでした。つるりと手元を滑らせた木こりの掌から、おのはすとーんとすり抜けて、近くにあった湖に「ぼちゃん」と音を立てて沈んでいってしまったのです。
「うわ。やべぇ。」
慌てて湖にかけよった木こりが湖を覗き込むと、ぶくぶく泡が立ち始めました。不思議に思い見つめておりますと、不意にじゃばんという音が聞こえ、なんとひとりの男が、湖のなかから顔を出しました。
「・・・ってぇな。んだよ、昼飯の準備してる最中なんだよ、クソ木こり。」
後頭部をさすっている様子から、おそらくおのが、男の頭にぶつかったことがわかります。
「あぁ、・・・悪ぃ。そういうつもりじゃなかった。」
不機嫌そうに歪めた眉毛は、ぐるぐると綺麗なうずを巻いていました。金髪はさらさらと風に揺れ、絹の着物と見まがうほどに美しく光を反射しました。しかし、さも迷惑そうに煙草をふかしたその姿を、間違っても「妖精」とは、呼べそうにありません。
「あー・・・悪ぃが、返してくれねぇか。」
「あぁ?何をだ。」
「その、・・・てめぇの頭にぶつかった、それだ。」
はぁ、とこれ見よがしにため息をついたその態度に、木こりはぴくりとこめかみを震わせます。
なんだ、それ。・・・むかつくな。
「てめぇが、かわいいレディなら話は別だが。なんでてめぇみてぇなクソ緑に、俺が親切にしてやんなきゃなんねぇんだよ。」
「あぁ?!」
思わず声を荒げた木こりに向かって、男はおのを差し出しました。
「ほれ。てめぇのおのは、これか?」
「なんだ、これ。」
そのおのは、ピカピカと美しく磨かれて、華やかな金色に光っておりました。金銀財宝かと思えるようなその美しさに、目がくらむ者も多いことでしょう。
「違ぇよ、あほか。」
しかし木こりは、それを一蹴しました。自分が使っていたおのは、そんな色をしていません。
「・・・そ、・・・そうか。んじゃあ、こっちだろ?ほれ。」
なぜか慌てた様子の金髪は、次のおのを差し出しました。
そのおのは、つやつやと滑らかに磨かれて、艶やかな銀色に光っておりました。さっきのおのには劣りますが、やはり美しいこちらのおのも、まちで売ればどんな高値で売れることでしょう。
「ばか、早く出せよ。遊んでんじゃねぇんだよ。」
しかし木こりは、そんなものには目もくれず、少しばかりイライラした様子で、自分のおのを出せと言い張りました。だって木こりの使うそのおのは、こんな色をしていません。
ますます慌てたようすで頬を赤らめた金髪は、おずおずと木こりのおのを差し出しました。
「そうだよ、これだよ。ったく、てめぇのくだらねぇ冗談に付き合ってるヒマねぇんだよ。」
ふん、と鼻で笑った木こりの目が、嬉しそうに輝いています。
「・・・それ、・・・大事なもの、なのか?」
湖を守る精、であるところのこの男がこれまで出会ってきたのは、金色のおのに目をくらませて湖に落ちる、くだらない男たちばかりでした。こんな風に、金にも銀にも目をくれず、まっすぐに自分のおのを選んだ男など、いちどたりとも見たことがありません。
「あぁこれか。・・・大切なやつの、形見なんだ。」
さも当然のようにそう言い放った木こりの柔らかい横顔が、瞬間きらりと光って見えた気がして、湖の精の胸の中に、なにかの弾ける音が響き渡りました。
甘い甘い、熟れた果実が、のたりと地面に落ちるように。そっと、ふわりと、わたげが空に舞いあがる、その優しい時間のように。
「おい、てめぇ、」
今にも燃え上がりそうなほど真っ赤に頬を染めた湖の精が、うつむいたまま木こりに声を投げかけます。
「・・・昼飯、食ってけ。」
「あ?」
「飯だ。腹減ってんだろ。」
無性にその手に触れたくて、なかば強引にぐいと手を引いた妖精の手に、ふと、熱い掌が重なりました。
「なんだか知らねぇが、」
ニヤリと歪んだ口元が、意地悪そうな弧を描きます。いきなり木こりの胸に引き寄せられて、ぎくりと固まった妖精の耳元に、とくべつに甘く、とろけるように切ない低音が、こだましました。
「てめぇ、俺に手ぇ出すなら、・・・腹くくれや。ぐる眉天使。」
遠くの山が、少しずつ赤色に染まっていきます。季節は少しだけ涼風をはらんで、ふたりの間を駆け抜けます。妖精の耳たぶに落とされた小さなキスが、夜の帳に隠れてしまうまで、ふたりはそうしていつまでも、風の音を聴いていたということです。
(完)
その他のお話はこちら・・・ うさぎとかめ