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魔法の小瓶
(2)Twitterお題 : 21サンジが賭博場で服のすそを掴んで上機嫌に頭をなでた
ジョーカーのキス
ジャラジャラとうるさい店内の喧騒。安っぽく輝く金のシャンデリア。大当たりが出たとマイクで声高に叫ぶ男の横で、ぐったりと倒れ込んでいるのは大負けした輩だろう。
ゾロはふらりと入ったカジノでトランプゲームに興じていた。ちょうど今朝がた大物を海軍に突き出したところで、元金はまあまあ潤沢にあった。しかしどうやら入った店が間違いだったようだ。ゾロはうんざりと頭をかく。海賊にもやたらと優しい島だと思ったら、とんでもないぼったくりの店ばかりに出会ったのだ。海軍の手が及ばないのは、おそらくこっち側の人間に買われてしまっているのだろう。目の前のディーラーがニヤリとほくそ笑むのを、苦虫を噛み潰した顔で見た。
――乗りかかった舟だ、しかたねぇ。
ゾロは眉間にしわを寄せて手元の札に目を落とした。ハートのエースが二枚と、キングが一枚。次の手の出し方によっちゃあ大金に化ける可能性も残っている。
「へったくそだなてめぇ」
いきなり隣から聴こえた声にゾロは「チッ」と舌を打った。白いスーツを着込んだ男が、へらへらと腑抜けた顔で笑っている。うちのコックだ。
「……うるせぇ、邪魔するなら帰れ」
「俺がいようがいまいが、どうせ負けるんだから一緒だろ」
コックは逆向きに椅子をまたいで背もたれを抱えるようにして座っていた。金縁の背もたれにだらしなくあごを乗せ、ふざけ半分に笑っている。むかつく野郎だ。
「だったら黙って見てろ。仲間を呼ぶのはルール違反だ」
「こんな不正だらけの賭博場で、今さらルールなんか守るつもりかよ」
コックの不用意な発言にディーラーがチラリと視線を向ける。コックが言うのはもっともなことだった。用心して見回してみればあちこちに隠しカメラがしかけてあるのが目に入った。ディーラーの耳には小さなイヤホン。黒いベストを着込んだにこやかなスタッフたちはおそらくみな、共犯だろう。
「わかってやってんだよ。金払ってやってんだから、本気で遊ばねぇとおもしろくねぇだろうが」
「へぇ? それでその、本気ってやつを出して、さっきから負けばっか続いてんのか」
コックがくい、とあごを上げる。ひとを小馬鹿にするときの癖のようなものだ。ゾロはぐ、と喉を詰めてほんのかすかにため息をつく。まあ……正論だ。
「――で、どうすりゃいいんだ」
「最初から素直にそうしてりゃいいのに」
ニッと意味深に笑ってみせてコックはおもむろに立ち上がる。するとさっそく「やあウェンディちゃん、俺にもそのカクテルをくれるかい?」などと、女に色目を使っている。
ゾロはこれ見よがしにため息をついた。やれやれ、やっぱりこいつはどうしようもねぇ色ぼけ野郎だ。
「……悪く思うなよ、ゾロ」
「あ?」
うんざりとため息をついたゾロのシャツのそでが、いきなりぐい、と引っ張られた。そのまま襟をひっつかまれて、ゾロは反射的に目を見開く。目の前わずか三センチに見慣れたコックの上機嫌な顔。くしゃ、と髪をなでられて気づく。あれ? いま、コイツなにした……?
ピュウ、とはやし立てるような口笛が聴こえてゾロはハッと正気に戻った。やたらとニヤつく観衆が目にはいって、今しがた起こったできごとを反芻する。
「コック、てめっ……!」
「じゃあな。さっさと勝って帰ってこいよ、クソダーリン!」
自分からキスをしておきながら、コックはひらりと手を振って去っていく。馬鹿げた捨て台詞だけを残して、湧き上がる観衆に中指を立てて。
観客がわぁっと騒ぎ立てる。ゾロは憮然と椅子に座る。ニヤつくディーラーに密かに中指を立てる。
スーツに隠れたそでのなかには、真っ赤なジョーカーが一枚。
「――あんときゃよくもやってくれたな」
ソファのうえで乗りかかりながらゾロはぐ、と体重をかけた。夜のアクアリウムバーには穏やかな静寂がおりていて、さかなのうろこが思い出したように時折キラリと光る。
「さあ? なんのことだか」
ニヤリ、と笑った唇を強引な口付けで無理矢理ふさぐ。くぐもったような甘い吐息が喉の奥に飲み込まれて、ふたり分の熱が夜に溶けた。唇を離すとコックは笑って「しかたねぇなぁ」と頭をなでる。
「負けっぱなしのクソダーリンのくせに」
「うるせぇ。最後は勝ったじゃねぇか」
コックは「ハッ」と短く息を吐いてゾロの口付けに身を任せる。
それだって俺のおかげだろ? この勝負、俺の勝ち。
けらけらと笑うコックのまぶたに乱暴なキスを三回落とす。
どうせこのあととろとろに泣くのはこいつの方に決まってる。
どっちが勝ったか負けたかなんて、この際どうでもいいことだった。
目次とお題 :
(1)雪の宿 (21ゾロが古宿で眼鏡をはずしてあきれたように小声でささやいた)
(2)ジョーカーのキス (21サンジが賭博場で服のすそを掴んで上機嫌に頭をなでた)
(3)朱色の花は海に散る (19サンジが、メリー号で着物をはおって不機嫌そうに歌をうたった)
(4)金色の瞳 (19ゾロが森の奥でシャツを脱いで切なそうにニヤリと笑った)