たんぽぽの舞う、海に Since 2013
* ゾロサン 中心、OP二次創作小説サイト。 たんぽぽの舞う海に、ようこそ *
拍手・コメントは、こちらから →
ありがとうございます、うれしいです!
アルタイルの苦悩
1)ゾロと、サンジ
どこまでも広がる蒼い海。
それをそのまま写したかのような、青い空。
真っ白な絵の具で塗りたくったような雲が、まるで空のアクセントのように、ぼんぼんと浮かんで続いている。
風は熱く頬をなぜ、額にはじわりと汗が滲む。
甲板には、ギラギラと強い日差しが舞い降りる。
おとといまで止むこともなく降りしきっていた爆弾雪が、まったく嘘のような天気である。
「・・・夏、だな、こりゃ。」
誰にともなくつぶやかれた台詞が、キッチンの隙間からほろりと漏れ聞こえた。
トントントンと小気味よく歌う包丁をおもむろに止めたコックは、鼻の頭の汗を拭ってひとり、ため息をつく。
――・・・おかしい。
そう気づいたのは、つい最近のことのようでもあったし、思い返せばもっと前から、だったのかもしれない。
拭っても拭ってもまとわりつく湿気は、まさに夏本番のそれである。
いつもより早めに夕飯の準備に取り掛かっていたコックは、何とはなしにぼうと宙を見上げると、ごそごそと胸ポケットを探って、次の煙草に手を伸ばす。
おやつを運ぶ午後のひとときにも、揃って晩飯を食べる楽しい食卓でも。
朝飯前のひと蹴りという、いい加減馴染みの儀式の時にさえ、ささいなことから罵り合いに発展するのが、いつもの「ふたり」の「日常」だった。
船に乗り込んだそのときから、延々と繰り返してきた、当たり前の毎日。
レディにはとことん弱いくせ、心底負けず嫌いのコックがギャンギャンと喚けば、皮肉に口元を歪めた剣士が、饒舌な罵詈雑言でそれに応える。
見飽きるほどに見慣れた、この船のいつもの光景だった。
しかしこのところ、その「日常」に、ちょっとした違和感が生じていた。
ケンカに、ならないのだ。
それは、その他の船員たちからすれば話題にも登らない程度の、いや、いっそ気づかれていないほどの、微妙な変化ではあった。
しかし、当のコックはその変化を、敏感に感じ取っていた。
罵声を浴びせようにも、そのタイミングが微妙にずれていくのである。
顔を合わせるたび、ケンカの火種をわざわざを見つけるかのように、いがみあっていたふたりである。
気づけばもう何日も、本気の足技を繰り出していない。
コックの方はいつもどおり臨戦態勢で挑むのだが、なぜだかするりと言葉が抜け落ちていくのだ。
そもそも剣士の方が、コックとの会話を、意図的に避けているような気がしてならなかった。
ずいぶんと、妙な感覚である。
『・・・調子でも悪ぃのか?』
野生のマリモが何を考えているのか、コックにはさっぱり見当もつかなかったが、張り上げた罵声がつと途切れるたび、睨みかけた視線をふいと背けられるたび、どういうわけだか胸がざわざわと騒ぐのを、サンジは無視することができなかった。
「おいこら、寝腐れマリモ。」
甲板には、真夏の暑い日差しが差し込んでいる。
風を受けるマストには、白い大きな鳥が3羽、のんきに船旅のお供を決め込む。
てらてらと肌を焼く太陽を避けようと、船員たちは各々、お気に入りの部屋に入って涼んでいるようだった。
「んなとこで光合成か?いい加減干からびて枯れちまうぞ。」
頭に乗せられたオレンジ色のジュースが、氷を揺らしてカラカラといい音をたてる。
3種類のシトラスフルーツが絞られたジュースには、ほんの少し、塩味が加えられていた。
汗をかいた後の体に優しい、コックオリジナルのフルーツジュースだ。
「・・・ん?あぁ。」
相変わらず、あいまいな反応で剣士が応える。
いつもどおりに装った仏頂面はしかし、微妙にいつもとは趣を違えている。
その目が微かにサンジから逸らされたのを、敏感なコックの観察眼は、見逃さなかった。
「おいクソマリモ、・・・最近。てめぇ、おかしいぜ。」
「・・・あぁ?」
一瞬の間が空いて、片目を見開いた剣士が、じろりとコックを睨み上げた。
その目にうつるのは確かに自分だったが、その焦点は僅かに、ずれているような気がした。
「・・・隠せるとでも思ったか、アホマリモ。」
「るせぇな、いちいち。」
「こっちの調子が狂うんだよ。なんだよ、気分でも悪ぃのか?」
「ちげぇよ。・・・ほっとけ。」
「・・・おかしいのは、否定しねぇんだな?」
「っ・・・。」
ぎくり、といった風に口を閉じた剣士が、再びそろりと目を逸らす。
その不自然な様子に、コックは剣士の不穏を確信する。
コトリと静かにコップを置いたコックは、相変わらず微妙に視線を合わさない剣士の目の前に、小さくため息をついてしゃがみこんだ。
「いってぇ、なんだってんだ?言ってみやがれ。場合によっては、聞いてやらねぇこともねぇ。」
「・・・んでもねぇよ。」
「なわけねぇじゃねぇか。マリモのくせに強がんじゃねぇよ。」
「なんでもねぇって、」
「だーから、隠せてねぇんだっつの。この俺様が、話聞いてやるって言っ、」
「ッなんでもねぇっつってんだろ!!!」
ガシャンと大きな音を立てて、ガラスのコップが床に転がった。
マストにとまっていた白い鳥が、バタバタと羽音を立てて飛び立っていく。
甲板中に響き渡った大声が、真夏の午後の静寂を、憎らしいほど逆説的に強調していた。
剣士は、今ほど思い切りぶつけた右手の甲に左手を重ね、驚いたように目を見開いている。
倒したのは、自分だろうに。吐き出す息は荒く、肩が大きく上下する。
「・・・は、いいぜ。別に、無理に聞くこともねぇ。」
「・・・っ、」
剣士の目がなぜか、僅かに傷付きの色を帯びた。
コックはそれを、見ようともしない。
「俺のことも、避けたきゃ勝手に避けやがれ。ただし、・・」
床に転がったコップを手にしたコックが、努めて穏やかに立ち上がった。
言葉も出せずに固まったままの剣士の瞳には、微かに焦燥の色が浮かんでいる。
コックはそれを知ってか知らずか、もはや剣士に一瞥もくれずに、ただひとつ、低く唸った。
「・・・食べ物、粗末にすんのは、許さねぇ。」
抑えられた激情が、甲板の空気を震わせる。
スタスタといつもの足取りで、コックがその場を立ち去ってからしばらくすると、遠くでバタンと、キッチンの扉が閉まる音が響いた。
空を飛ぶ白い鳥が3羽、再びマストに舞い降りようと機をうかがっている。
ひとり取り残された剣士を包む空気は、相変わらず熱っぽくしめって、厭らしく体中に纏わりつく。
その光景はどこか、哀しい決別の合図をはらんでいるようだった。
その他のお話は、こちら・・・ 2)ローと、サンジ