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アルタイルの苦悩

3)ゾロと、ロー

 

 

事の発端は、「おにぎり」だった。

 

 

朝ごはんには、いつものように、大量のサンドイッチが用意されていた。

そもそも、軽く人の5倍は食べる船長の分だけでも、麦わら一味の料理の量は物凄いものがあったのだが、現在はそれに加えて、客人が3人も乗っているのだ。その量の多さは、なおさらだった。

 

作戦会議とやらが船長の腹具合によって強制的に終了し、さぁ朝飯だ、というときになって、客人の一人が宣った。

 

「俺は、パンは嫌いだ。」

 

ペースを乱されてつい、と言った感じで差し出されたそのひとことで、既に大量に用意されていた朝食には特別に、「にぎり飯」が加わった。

 

 

 

「・・・おい、外科医。」

 

不意にそう呼ばれたローは、キッチンへと向かう足を止めて、声の方向を振り返った。

見ると、緑頭の剣士が、不機嫌そうに壁にもたれてこちらをうかがっている。

 

「どこへ行く。」

「・・・キッチン、だが。」

 

剣士は、ぎろり、といった様子でこちらを睨みつけている。

その射すくめるような眼光に、さすがのローも、一瞬狼狽える。

 

『なにか、気に障ることでもあったか・・・?』

無理にそう思い返してみるも、もともとあまりしゃべらないゾロと、それに輪をかけて無口なローでは、気に触ろうにも、そもそもお互いの接点が見当たらない。

唯一頭の隅から引っ張り出してきたのは、今朝の“作戦会議”のことだったが、海賊の戦いに関しては話のわかるヤツだと踏んでいたし、少なくとも・・・同盟関係には、賛成していたように見えたのだが・・・?

 

「何しに行く。」

「喉が乾いた。水をもらう。」

「さっき飯喰ったばっかだろう。」

「・・・あぁ、そうだが・・・飯とは関係ねぇだろ。」

「早すぎやしねぇか?さっきてめぇ、にぎり飯と一緒に、お茶飲んでやがったじゃねぇか。」

「・・・何が言いてぇ、ロロノア屋。」

 

珍しく話しかけてきたかと思えば、やたらと好戦的な態度を匂わせる剣士に、外科医は最大限の警戒をしながら、腹の内を探った。

別に痛くもない腹だったが、不容易にまさぐられるのは、こちらとて御免願い下げだった。

 

剣士が、数メートル先の壁にもたれかかって、怪訝な表情を投げかけてくる。

『・・・なんだ?いったい。こいつ、何を気にしてやがる、・・・飯?キッチン?・・・にぎり飯?』

 

「・・・だいたい客人のくせして、朝からえらく特別待遇じゃねぇか、トラファルガー。」

 

あぁ、そういうことか・・・。

ローの鋭い勘がピンと反応する。

腑に落ちた様子の外科医は、小さくため息を漏らしながら、剣士の元へと歩を進めた。

 

「・・・はっきり言え、ロロノア屋。」

「あぁ?」

「言いてぇことが、あんだろ。」

「・・・、」

 

剣士はどかりとあぐらを掻きながら、外科医をじろりと睨み上げる。

見下ろす側のローも、今度は怯まない。

じとり、と汗が落ちる音がする。

 

「・・・あいつが、決まったメニュー変えてまで飯出すのなんか、女ぐれぇのもんだ。」

 

真一文字に結んだ口を開いて、剣士が言葉を零す。

その鋭い眼光が僅かに一瞬ローから逸らされたのをみとめて、ローは胸の内の仮説を、確信に変える。

 

「だいたい、最近やたらと、・・・仲良くやってるみてぇじゃねぇか。」

 

剣士は微妙に、言葉を濁す。

珍しく、歯切れが悪い。

 

「・・・だったら、なんだ。」

「何考えてやがる、七武海。」

「悪ぃことは考えてやしねぇよ。・・・水をもらいに行くだけだ。ただし、・・・今は、だが。」

「っ・・・!」

 

ひと呼吸の後に含んだ意図に、剣士の眉間がピクリと反応する。

外科医は素早く計算をはじき出すと、次の言葉を選び出した。

 

「てめぇが手ぇ出さねぇなら、俺がもらうぞ、ロロノア屋。」

「・・・は、何言ってやがる?」

 

「?・・・」

 

そこで、思わぬ間合いが生まれた。

押しも押されぬ罵り合いか、さもなくば剣を抜く争いか、と踏んでいたローは、出鼻をくじかれて固まってしまった。

外科医にとっても想定外のできごとに、お互いきょとんと、顔を見合わせる。

 

「てめぇ、もしかして、・・・・・・気づいて、ねぇのか・・・?」

「あァ?なんの話だ。」

「・・・それは、コックの気持ちに、か?それとも、・・・自分の気持ちにも、か?」

「は?言ってる意味がわからねぇ。わかるように説明しろ、七武海。」

「・・・。」

 

呆れたように口を開いて剣士を見下ろす外科医を、剣士はめいっぱいの不審な瞳で見返した。

さわさわと揺れる海風は、相変わらず熱気を含んで、ふたりの間を生暖かくすり抜けていく。

 

「・・・いや、わかってねぇなら、いい。」

「おいどういうことだ、トラファルガー、」

「これは、こっちで勝手に進める。波風立てるつもりもねぇ。」

「だから、言ってる意味が、」

「その代わり、」

 

くるりと背を向けた外科医は、背後で戸惑いの声をあげる剣士に、さも何気ない風に言葉を投げかける。

 

「悪ぃが、・・・遠慮はしねぇ。」

 

言葉尻に滲ませた意味に、こいつは果たして、気づいただろうか。

外科医はそのまま振り返りもせず、スタスタとキッチンに向かう。

 

その後ろ姿を、やはり不可解な表情でじぃと見つめた剣士は、ポリポリとその苔頭を掻いて首をひねると、午後の暑い空気に汗をひと雫垂らしながら、もう一眠りしようと目を閉じたのだった。

 

 

 

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