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結われ紡がれる、宵の婚礼。

「・・・ってぇ、何しやがん、・・っ」
小さな海がぐるりと囲む。円状に並んだ、硬いソファ。じろりと見下ろすゾロの表情が、青い背景に浮かび上がっている。
なかば無理矢理に組み敷かれたサンジは、両の手を押さえつけられた格好で、ソファにぐいと押し付けられていた。
「おいおい、乱暴にもほどがあるぜ、クソマリモ。発情期か?藻に発情期なんかあんのかよ。」
「るせぇ、ぐる眉。」
天井の光を遮って、逆光のなかゾロが呻く。下から見上げたごつい首筋に、つうと一筋汗が流れる。
いつもどおりの、仏頂面。ぴくりとも動かない眉根。
何を考えているのか、わからない。
「なんだよ、ホームシックか?冷たい湖が恋しくなったってんなら、今すぐこの船降りて、」
「・・・ちったぁ、黙れ」
クソコック。
耳元に響く低音に、サンジの中心が思わずぞくりと熱を持つ。いつの間にかボタンが外されたシャツのなかに、するりと掌が沿わされる。ごつごつと骨ばった熱い掌が、すでに硬くなりかけた薄紅色の先端を、微かに擦っていく。
「っん・・・てめ、」
ぴくりと腰を浮かせたサンジ反応を愉しむかのように、ゾロはにやりと口角を歪める。
「・・・準備万端じゃねぇか。」
たっぷりの間を取ってそうつぶやくと、僅かに赤みを帯びた柔らかい耳朶に、いきなり鋭い歯形を落とした。
「い!・・・ってぇな、加減しろアホ!」
小声で声を荒げながら、ぐいとマリモの頭を押し返す。しかし、ゾロの馬鹿力はその抵抗を容易く受け流し、サンジの両手は再びバンザイの形に固定されただけだった。



ゾロがキッチンにやってきたのは、夕食の時間も終わり、大量の皿をリズムよく片づけている時間であった。
トレーニングが終わったばかりなのか、つんと汗の匂いを漂わせていた。
片づけを手伝うだなんて、これっぽっちも頭にもないであろうマリモ頭の足音に、耳だけ傾けて様子をうかがう。夜食にゃ少々、早い気がする。
酒の催促か・・・と、ひとり結論付けたサンジが、溜息をついて振り返ったのと、ゾロの太い腕っ節がサンジの腰にぐるりと絡みついたのは、ほとんど同時だっただろうか。

食いもんを扱う場所ではヤメロ、と、口を酸っぱくして叩き込んできた。

何かを確かめるように腰のラインに掌を沿わせたゾロが、うかがうような視線を寄越す。その意味を正確に読み取って、だけど何かがひっかかったまま、サンジはすぐには答えを出せなかった。



「く・・・っん、」
器用にベルトを解いたゾロの指先が、サンジの兆しをつうとなぞる。布の上から与えられたその刺激だけで、甘い吐息が零れ落ちる。これから、のことをしっかり期待して、硬く姿を変え始めた中心は、じとりと湿気を含んでいる。
・・・そういえば。
煮え切らない反応のまま、ほとんど強引にアクアリウムへと運ばれたサンジが、ふと緑の頭に視線を寄せた。
しばらくの間、こいつに触れていなかった気がする。
――そうだ。確か、・・・「ふたり」を見かけた、あの日から。
「・・・っ、待て待て待て待て!ッうおい!クソマリモ!!」
「・・・?」
いきなり遮られた悦楽の狭間に、ゾロはいささか不満げに眉根を寄せた。
ゾロにとってはこんな前戯の時間など、本当はもったいないくらいだった。熱く吠える自身を今すぐ突っ込んで、ひたすらコックを啼かせたい。丁寧な愛撫は他でもない、やれムードだなんだといちいち注文が面倒な、コイツのためなのに。
「キスはだめだろ、キスは・・・」
ゾロの頬に掌を強く突っ張ったまま、サンジはふいと視線を反らせた。長い金糸がはらりとかかって、美しい瞳を見えなくさせる。
「あ?そりゃどういう、」
「あほが。惚れたレディに失礼だぞ、クソマリモ。」
じろり、と下から見上げるサンジの片目に、怒りの灯火がチラリとかすめる。
「意味がわからねぇ。今までだって何度もキスくれぇ、」
「違ぇんだよ、今までとは。てめぇ、んなこともわからねぇのか?ナミさんじゃ足りねぇ分の処理なら付き合ってやるが、そういうのはやめろ。相手間違えんな。」
・・・恋人じゃねぇんだよ。
最後のひとことだけ視線を外して、イライラとそう吐き捨てる。それでもなお、怪訝な表情で覆いかぶさったままのゾロを無理矢理押しのけ、サンジはよいしょとソファから立ち上がった。
「おいコック、てめぇ何か、」
「うるせぇクソマリモ!ったく・・・、いくら野獣だからって、やっていいことと悪ぃことくれぇ見境つけろや。今日は終ぇだ。悪ぃな、またにしてくれ。」
よれたシャツを直しながら、次の煙草に火をつける。

カチリ カチリ

「ち、ガス切れかよ。」
乾いた金属音が、青い部屋に反響する。イライラと幾度もライターを押して、ようやく火のついた葉物からゆっくり煙を吸い込んだのと、がちゃりと扉が開いたのは、ほとんど同時のことだった。
「あ、・・・サンジくん。」
一瞬ぎくりと表情を変えた美女に、にっこりと微笑んだサンジは、ひらりと後ろ手に手を振ってアクアリウムを後にする。
「じゃあな。あとは任せたぜ、クソマリモ。」
「あ、おい、コック!」
サンジは一度も、ゾロを振り返らない。
すうと一本たなびく煙は、ふよふよといつまでもその場に漂っている。



「・・・サンジくん。」
背後から美しい声が響く。
誰もいない、夜の甲板。遠くのサニーの頭の上では、船長がぐうぐうと腹を上下させている。あれじゃあ、見張りじゃなくて、ただのおねんねだ。今すぐかけつけて、げんこつの2、3発でも落としてやりたい。
「話が、あるの。」
躊躇いがちな声が届く。
流れる煙は風に乗って、すぐに宙へと消えていく。中途半端に欠けた月が、真っ暗な海をぼんやり照らしている。
「・・・無理、しなくていいんだ、ナミさん。」
後ろを振り返ることもしないまま、サンジはふうと煙を吐き出した。
「いくら同じ船の仲間だからって、言えねぇことくらい、あっていい。」
「そうじゃないの、」
「いいんだ。」
聞きたくない。
言外にそう滲ませて、サンジは凪いだ水面を見つめた。どこまでも遠く広がるこの大海原は、どこかで、幻の海に繋がっているのだろうか。俺は、この夢のために、海に出たんだ。今さら、揺らぐはずもない。こんな、・・・些細なことで。
「・・・わかったわ。」
ナミが小さく息を吐いた雰囲気が、ぴりりと背中に伝わってくる。
ごめんね、ナミさん。
後ろを振り向けないままに、サンジは僅かに笑みを零す。
アイツ、女の子の扱いも知らねぇ、とんだ馬鹿野郎だけど。・・・悪ぃヤツじゃ、ねぇから。
「サンジくん、展望室に行って。」
「え?」
ふいに響いた思わぬ言葉に、サンジは思わずナミを振り返った。
・・・展望室?
「何を言ってるんだい、ナミさ」
「いいから!もう、あんたたちがどうしようもないバカだってことは、十分わかったわ。」
「それは、どういう」
「つべこべ言ってないで、早く行きなさい!」
ぴしゃりと投げつけられた台詞に、ぎくりと肩を震わせる。訳もわからず固まったサンジに、いきおいつかつかと近寄ったナミが、至近距離で小さく言葉を紡いだ。
「ゾロが、待ってる。」
はらりと落ちた灰は夜風に吹かれて、甲板に落ちることなく舞い上がる。

 

 

—――――――

 

 

いきなりひょっこりと現れた金髪頭に、ゾロは一瞬ぎょっと視線を彷徨わせた。
『ナミだな・・・』
ちっと小さく舌打ちを打って、手元の作業を中断する。脇に置かれた鬼撤が、ぬらりと気配を消した気がする。
そうか。・・・ふたりきりに、してくれるか。
「あー・・・その。ナミさんが、ここに行けって。」
てめぇが待ってるからって、・・・とまでは言わず、ぽりぽりと罰が悪そうに、頭を掻いている。
まだ、準備が整ったわけじゃあ、ねぇんだが・・・。
ゾロは、さきほどアクアリウムで交わされた、ナミとの会話を思い出した。
『言いたいと思ったときが、タイミングだから。』
無理矢理に押しのけられた感触が、ふいにゾロの肩に蘇る。本当に、どうしようもないバカだ、こいつは。ゾロはサンジのアホ面をしげしげと眺めた。バカで、アホで、女好きで、っとにどうしようも救いようがねぇ。
・・・だけど。
「まだ、完成してねぇんだが。」
ゾロは誰にともなくぽつりとつぶやくと、何やらちまちまと作業をしていた小さな金属を手に取って、ゆっくりとサンジの元へ近づいた。サンジはぴくりと逃げ腰を取りかけ、そのままその場を、動かない。
明らかな不信感を湛えた瞳。怪訝そうに眉根をひそめたその姿に、思わずふっと笑みが溢れる。今度こそ、・・・逃げるなよ、クソコック。
「ほれ。」
「あぁ?なんだ、こ・・・」
ゾロから何気なく寄越されたそれを、サンジがひょいとつまみ上げた。金色の繊細なチェーンの先には、シルバーのリングがぶら下がっている。
「やる。」
「は?」
「てめぇに。」
やる。
強気の姿勢を崩さないサンジに、もう一度強く、言葉を押し付ける。
ぶらりとつまみ上げたリング越しに、サンジはちらりとゾロを見遣った。
到底、こんなモノを渡した直後とは思えない、いつと変わらぬ仏頂面。・・・ムードってもんは、ねぇのかよ、クソ剣士。
「なんだよ、これ。」
「見りゃわかんだろ。」
「わかんねぇよ。・・・渡す相手、間違ってんじゃねぇか?」
わかってんじゃねぇか。
ゾロは小さくため息をつく。その軽そうな頭割って、脳みそに直接叫びでもしねぇと届かねぇのか?
「間違っちゃねぇ。てめぇんだ。・・・何遍も言わせんな。受け取れ。」
「・・・なんで、」
「なんでじゃねぇだろ、俺はてめぇに」
「なんで俺なんだよ!違ぇだろ!てめぇはナミさんに惚れてんだろうが!」
一気にまくしたてるサンジの額に、血管の筋が浮んでいる。
「ただの処理相手に、んな気ぃ遣うようなタマかよ。らしくねぇことしやがって・・・。これ以上、・・・これ以上、俺を、勘違いさせんじゃねぇよクソマリモ野郎!!」
「・・・おめぇ、本当の、馬鹿だったんだな。」
勢い込んで荒く息を吐き出すサンジの肩が、激しく上下を繰り返す。
ゾロはハァと、これ見よがしにため息をついた。その様子に、さらにカチンと青筋を立てたサンジが、ぴくりとこめかみを震わせる。
「んだと・・・?喧嘩なら、買ってやんぞ・・・!」
「なんでこんな、頭が弱ぇただのアホに、」
「今すぐ三枚にオロされてぇか、このマリモ野郎・・・!」
「アホで、馬鹿で、変な眉毛で、」
「おい、・・・何が言いてぇ、」
「顔見りゃむかつく、ただの女好きのアホコックに、なんで・・・俺は、・・・惚れちまったんだ。」
「惚れ、っ・・・は?」
今にも殴りかからんばかりにギリギリと握りしめた拳を、下ろすタイミングをすっかり見失って、サンジは妙な姿勢で固まった。
ゾロは相変わらずの仏頂面のまま、腕を組んでその様子を見つめている。
何を考えているのかわからない、無表情で、ぶっきらぼうで、とても優しい、あの顔で。
今こいつ、・・・なんつった?
「勘違いじゃねえよ、アホコック。そりゃあ間違いなくてめぇんだし、俺が惚れてんのも、間違いなく、てめぇだ。」
残念ながらな。ゾロはにやりと、口元を歪める。余裕な態度が、やたらと鼻につく。
「な、何言ってやがる。てめぇは、・・・ナミさんと、」
「あぁ?んなこと気にしてたのか。ったく・・・しょうがねぇな。ガキか。」
「あぁ?!」
「ナミは、相談に乗ってもらってただけだ。それ、」
ゾロは、サンジに渡った金色の繊細なチェーンを指差した。シルバーのリングはデコボコとして、明らかに手作りの様相を呈している。
作ったのか?これ・・・こいつ、が?
展望室の弱い光が、美しい銀色にキラリと反射する。
「てめぇに何をやりゃぁいいのか、全く見当つかなくてよ。てめぇとくりゃあ、いちいち女みてぇにうるせぇし、なんだか服にもこだわってるみてぇだし、」
そんなもん、着りゃあなんだって、一緒なのに。
「だから、女に聞くのが手っ取り早ぇと思った。」
ゾロは何気ない顔で、そんなことを滔々と述べる。
「で、でも、こないだの夜、ナミさんがてめぇに、抱きついて・・・」
「夜?」
「・・・あの、雨の降る、」
「雨・・・?・・・あぁ、あの日か。」
覗きかよ、趣味悪ぃ。
ゾロは僅かに眉を寄せたが、しばらくの逡巡を挟んでから、何かを思い出したように言葉を繋いだ。
「チェーンの長さが、全くわからなくてよ。俺の首で、計ったんだ。そんときだろ、たぶん。」
サンジはパクパクと空気を零した。温かな安堵とともに、さきほど驚き損ねた感情が、今さらゆるりと押し寄せて、うまく言葉になってくれない。
「でも、なんで急に、・・・こんなもん、」
「あぁ。」
そうだった、と言わんばかりに、ゾロはポンと手をはたく。いやいや、重要なのはそこだろうがアホマリモ。俺たちはただの、性欲処理の関係じゃあ・・・ねぇのかよ。
期待しそうになる自分が怖くて、サンジは顔を上げられなかった。
惚れてる?いや、それは違う。体を重ねた情に過ぎねぇ。俺もてめぇも、女の子が好きなんだ、お互い本気になっちまったら、・・・
「伝えてねぇと思った。てめぇに。俺の、気持ちを。」
「だから、それは違っ、」
「違わねぇ。“本気”の怖さから、目を逸らすな、コック。俺は逃げねぇ。・・・好きだ。てめぇが好きだ。いい加減認めろ、」
――・・・サンジ。
優しく届いた自分の名前が、ふわりとサンジの頬を染める。
深く光る綺麗な瞳が、サンジへとまっすぐ向けられている。
サンジは次に続く言葉を必死に探して、ぐうと低く喉を鳴らした。

本気になるのが怖いのは、・・・俺があまりに、本気だからだ。

「・・・怖かったんだ。」
ゾロ。

やっぱり表情を変えないままに、ゾロは静かにサンジを見つめている。
そう、こいつはいつも、・・・そうだった。
「最初は、ただの処理だと割り切ってたんだ。」
いきなり抱かれた、あの日から。
「だけど。」
いつの間にか、本気だった。
倉庫で、甲板の影で、展望室で。月明かりを避けるように夜な夜な繰り返された悦楽の狭間に、甘い躊躇いを探すようになったのは、いつ頃からだっただろう。
ゾロはいつでも、変わらない。
その安定感を、初めの方こそ、面倒がなくていいと自分に言い聞かせもした。だけれどそれは、夜を重ねるほどに、サンジの心を柔く締め付けていった。キリキリと響く、切ない、痛み。
「俺は初めから、てめぇしか見ちゃねぇよ。」
ゾロの声が、優しく響く。胸の奥が、甘く啼き声をあげる。
サンジはゾロを、好きだと思う。
「言ってみろよ、臆病者。」
煽るような口調には、だけれどもふわりと、優しさが滲んだ。
「いいのかよ、・・・俺で。」
「てめぇが、いいんだ。何遍も言わせんなっつったろ、アホ眉毛。」
「うるせぇ。好きだ。」
「・・・あぁ。」
言葉より一寸早く、ゾロの胸に体を埋める。暖かい体温が、じわりとサンジの中心に響く。甘い甘い、躊躇いのキス。
「こりゃあ、さっきの分だ。」
「・・・悪かったな。」
「ふん。謝るくらいなら、」
覚悟しとけよ、今夜。
にやりと笑った口元に、愛しさの欠片が零れ落ちる。どうしようもねぇアホだ。こいつも、・・・俺も。


ひとつに重なるふたりの影が、甘い啼き声に彩られていく。
その脇には、作りかけのシルバーリングと、ころりと転がる小さな石がひとつ。
『てめぇみてぇだと、思った。』
ゾロの声が、サンジの脳みそを震わせる。まるで、直接素手で掴まれたようだ。
丁寧に、丁寧に動くゾロの腰が、いつもに増して、深くサンジを抉っていく。
思わず漏れる声をキスで塞いで、ふたりは何度も、高みを目指す。
『なんて名前の石だ?』
ゆるりと石を撫でたサンジの手を取り、ゾロがふっと言葉を繋ぐ。何よりも愛しい、あの声で。
『サファイア。』
“一途な、想い。”
何度目かの頂上を迎えて、ふたりは同時に息を継ぐ。
「・・・まだ、いけるか?」
「アホが、そりゃこっちの台詞だクソマリモ。」
さらりと撫でた金糸から、柔らかな香りが立ち上る。
夜空には、金色の宝石が輝いている。
零れ落ちた一雫の星は、誰にも気づかれないまま、静かに静かに乾いていく。
「好きだ、ゾロ。」
「あぁ。」
――・・・知ってる。

夜の闇はふたりを包んで、ますます息を潜めていく。
欠けた月は船を照らし、こっそりと祝福の聖歌を歌っている。




(完)

 

 

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