top of page

やり方、教えます。

「いいか、絶対に!強く噛んだりするんじゃねェぞ・・・!」
「俺は野蛮な動物じゃねェ。」
「うっせェ!んなもん信用できっか!マリモは黙って、俺の言うとおりやってりゃいいんだよ!」
「・・・・・・。」
薄暗い食料庫。キッチンでは絶対にダメだと言い張って、渋々選んだ場所だった。
連れ立って部屋を渡りながら、ふと空を見上げれば、薄雲が時折月を隠して、足早に流れていくところだった。
『なにやってんだ、俺は・・・』
売り言葉を買っただけのはずが、どうにもおかしな方向に話が転んでしまっている。いつもだったら思い切り蹴飛ばして、冗談として片付けた程度の、些細な話題だったはずだ。酒が入ったせいなのだろうか。サンジはそれ以上突っぱねることができないまま、今まさに、野獣の躰に組み敷かれているところだった。
「勘違いすんなよ。俺は、てめェの“練習”とやらに、嫌々付き合ってやるだけだからな。」
「あァ、わかってる。」
何度めかの忠告に、ゾロは余裕で言葉を返した。その平然とした態度にも腹が立つ。眉間にしわを寄せて身じろぎすれば、脱ぎ捨てたジャケットが、背中の下でぐしゃりと音を立てた。
「で、どうすればいい。」
サンジの細い腰を跨いで、ゾロが真上から声を零す。当たり前だが昂奮した様子はない。いつも通りにサンジを見下ろすのは、相変わらずの悪人面だ。こんな顔じゃあ、レディはびびってブッ倒れちまうじゃねぇか・・・サンジは小さくため息を漏らす。
「・・・まずは、優しく全身を撫でていけ。上から順に、だ。」
「上?」
「上半身から、だんだんと下に。いいか、これはできるだけゆっくりと、だ。触るときも極力優しく。快感を感じる部分は、皮膚の浅い部分にあると言われてる。・・・わかったな?」
「おぉ。」
妙に物分りよく返事をして、サンジの腹に右手を潜り込ませる。最初、戸惑ったように、へその辺りをやわやわと撫でていた掌は、次第に深く、体温を重ねた。
「ッ・・・、」
「どうした?」
「・・・いや、なんでもねェ。続けろ。」
言いつけを忠実に守るように、この上なく優しく沿わされたゾロの掌が、サンジの薄い胸板を行き来する。野獣のように人を斬りつける、ゴツゴツと骨ばった分厚い掌。本人としては無自覚なのであろう、その道すがらに触れる薄紅の突起が、時折びくりとサンジの腰を跳ねさせた。
「シャツは、どうする。」
「あ~・・・レディの場合は、恥ずかしがることもあるからなァ。残しておくっつうことも、なくはないが・・・」
「脱がせていいか?邪魔だ。」
「っ、・・・わかった、好きにしろ。・・・てめェの練習だ。」
おとなしく頷けば、さっさと手際よくボタンをはずす。これっぽっちの躊躇いもないその態度に、サンジは「チッ」と舌打ちを打った。
ちょっとくれェ、焦らしてくれたって・・・いいんじゃねぇか?
シャツから両腕を抜き取りながら、サンジはチラリとゾロを見遣る。いつもと寸分違わない、無表情の、仏頂面。
再び覆われた黒い影に、サンジの喉がごくりと音を立てた。
「・・・で、この次は、どうしたらいい。」
「同じだ。優しく、ゆっくりと、ひたすらに愛撫を続けろ。そんな幼稚な手つきじゃあ、全然濡れねぇぜ?マリモちゃん。」
ニヤリ、と笑ったサンジの瞳に、むっと眉根をひそめたマリモの表情が映り込む。
「仕方ねぇだろうが、慣れてねェんだ。・・・手だけじゃあ、埒があかねェ。口も使っていいか?」
「く、・・・ち、って?」
「俺を抱いてた女は、みんなあちこち吸い付いてきやがった。」
アレも、なかなか、悪くなかった。
事も無げに言い放ったかと思うと、ゾロはいきなり、白い首筋にかじりついてきた。
「ぁん・・・っ!ちょ、ちょっ、待て、おい!バカマリモ!」
「んあ?どうした?」
思わぬ刺激に声を漏らしかけたサンジは、なんとか誤魔化そうと声を荒げる。零れ落ちた甘い響きは、幸いゾロには、届いていないようだ。
「い、いきなりはねェだろうがアホマリモ!そういうもんは、相手の反応を見ながら、」
「だから、声かけたじゃねぇか。」
「そ、・・・そうだけど!俺は、いいなんて、ひとことも!」
「じゃあ、いいか?」
「あぁ?!」
「てめェの体にキスしてもいいか、って聞いてる。安心しろ、口にはしねェ。」
「キ・・・、口とか、そういう問題じゃ、」
「いいのか悪ぃのか、どっちだ。はっきりしろ。」
凄みの増した低音が、サンジの真上から降り落ちてくる。焦れているのか、睨みつけるような眼光は、僅かながら熱っぽく潤んでいる気がする。
「っ・・・、わ、・・・わかったよ。・・・口を使っても、いい。ただし!痕をつけるなら、・・・見えねぇところにしろ。」
「あァ。」
わかった。
了解の声とともに、今度はいくぶんか優しく、口付けが堕とされた。
小さなへその脇に、くぼんだ肩甲骨の上に、首筋の薄い皮膚に・・・最初の約束を思い出したのか、努めて優しく、サンジの肌を唇が這う。触れるだけの弱い口づけが離れるたび、甘い水音が空気に反響した。微かに湧き上がる湿った劣情が、サンジの中心の温度をじわりと上げる。
「ん、は・・・ぁっ」
その五月雨がふわりと耳元をかすめたとき、思わず甘い吐息が零れた。はっと口を押さえつけたのは、ゾロにとっては逆効果だったようだった。
「んだ、・・・いいのか?ここ。」
「う、っせぇ!そこでしゃべんな、ッぁん・・・・!」
度重なる快感に、堪え切れずに蜜声が堕ちる。その意味するところを正確に読み取って、剣豪は耳元を執拗に攻め立てた。
時に、生クリームを舐めるように甘ったるく、時に、噛み付くように、激しく。
「んっ、ぁ・・・ッおい、バカっそこばっか、じゃなくって、・・・」
馬鹿の一つ覚えのように同じ場所ばかり攻め続けるゾロに、サンジはいつの間にか、他の刺戟を強請っていた。自身の痴態に気付かぬよう、おもむろにぎゅうと目を瞑る。
「ちっと、辛抱しろ。てめェの指示がなきゃ、俺は次に進めねェ。」
あくまで「優しく」を貫くつもりか、あらゆる部分に小さく口付けが堕とされる。野獣、のイメージからは想像もつかない、静かな静かなキスの連続。その甘い刺戟が、耳に、脇に、薄紅の突起に触れるたび、サンジの喉からは堪えきれずに熱情が零れた。
―クソこいつ、こんな甘ェ抱き方しやがって・・・!
「も、っいい、わかった・・・ゾロ、そろそろ、下も・・・」
「あァ、だな。ずいぶんと辛そうだ。」
自覚はあったものの、改めて受けた的確な指摘に、白い頬がぼんと火を噴いた。こんなムカつく男相手に盛り上がっている、自分の一部が憎たらしい。
『何やってんだ、俺は。これはただの、練習だ・・・!』
ゾロに言い聞かせた牽制の言葉を、今度は自分の中で反芻して、サンジは大きく息を吸い込む。まずは、いったん、落ち着かないと。
「下、脱がせるぞ。」
「・・・あァ。悪ぃな、ちょっと、見たくねェもん、見せちまうかもしれねェ。」
最近、溜まっててよ。
小声で吐き出した尻切れの台詞は、ゾロへの言い訳か、自分自身への口実か。
するり、とボトムを剥ぎ取られれば、いきり立つ咆哮が、下着のなかで首をもたげているのが露わになった。
「っ・・・コック、てめぇ・・・」
「うっせぇな、仕方ねェだろうが!あんなしつこくやられてりゃあ、嫌でも躰は反応すんだよ!」
「・・・で。どうすりゃいいんだ、こっから。」
「あァ?!あぁ、そうか・・・あ~、っと」
こっから、どうするんだっけ。
男相手に躰を預けたことなど、そういえばこれが初めてのことである。ここに来て、そんなことにはたと気付き、次の答えにつまってしまった。やはり自分は、酒に酔っていたらしい。なんせ、いつもであれば、よがるレディを抱きしめながら、丁寧に丁寧に、愛おしい挿り口を解していく段階である。自分にはそんな挿り口などありもしないし、たいいちレディには、こんな物騒な鎌首はついていないのだ。
「忘れた。」
「わす・・・・・・はァ?!!」
ゾロが驚きの声をあげ、怪訝な表情でサンジを見下ろしていた。口をついて出た嘘ぶきが、じわりじわりと首を絞める。せめてもの救いに目を逸らせれば、熱い指先があごを捻った。
まっすぐにぶつかる、ふたりの視線。
「・・・素直じゃねェなぁ、クソコック・・・」
「あァ?!ど・・・どういう意味だ、クソマリモ!」
「しっかり感じてんじゃねェか。ここ、こんなにしやがって・・・!」
「は?、あァっ、っく・・・!」
いきなり掴まれた熱い塊に、ビリリと甘い電撃が走った。思わず嬌声を上げるサンジに、ニヤリと意地悪な笑いが堕ちる。
「まァ、・・・いい。ここまで、導いてくれて、ありがとよ。勉強になった。あとは、突っ込むだけなんだろ?」
「・・・は、てめ、何言っ、」
「俺をこんなにしといて、放置する気じゃねェだろうな・・・一瞬で終わる。てめェの孔、ちっと貸せ。」
ぐい、とボトムから覗いたゾロのそれは、サンジの予想を遥かに超える質量を見せつけていた。野獣の名に相応しい存在感である。黒々と猛ったゾロの肉塊に微かな嫉妬を覚えながら、サンジはぼんやり、ゾロの言葉を繰り返した。
―孔を、・・・どうするって?
「男どうしっつうのがなんだが、まァ、できねェこともねェだろう。」
「・・・は、てめ、・・・な、何する気だクソマリモ、」
「何って、・・・挿れんじゃねェか。まさか、知らねェわけでもねぇだろう。」
「・・・・・・いや、・・・いやいやいや!待て、落ち着け野獣マリモ。俺たちは、・・・男だ、残念ながら。知らねぇなら教えてやるが、そんな気の利いた機能なんざ、俺の躰にゃついてな、」
「あんじゃねぇか。てめェの、・・・ココが。」
「ひァっ、はぁ・・・んんっ!」
いきなり中指を突き立てられて、思わず苦痛の嬌声が漏れた。無理やりに抉られた後孔が、ひくひくと呻いて反論を返す。
そりゃあ、そうだろう。使い方を間違っている。ここは断じて、入るところではなく、出るところなのだ。
「ば、・・・んんっ、か、てめ、何考え・・・っ!」
「何って、・・・抱き方、教えてくれんだろう?だったら最後まで教えろよ、・・・なぁ、」
―サンジ・・・?
耳元で呟かれた極上の響きに、腰がビクリと波を打った。いつの間にか二本に増えた指が、乾いた後孔を静かに解していく。
「ん、ぁ・・・っく、・・・ゾロ、やめ・・・ろ、んあァっ!」
今や全身を真っ赤に染めて、サンジが艶やかに嬌声を響かせる。月明かりに照らされた薄明かりの部屋は、埃っぽくて、かび臭くて、甘い熱で湿っている。
「は、あ、あ、んん・・・っも、抜けよゾロ、気持ち悪、はっん・・・俺、っ・・・!」
「あぁ。ヨくしてやっから・・・もうちっと耐えろ、コック。」
指を引き抜かれ、サンジの両足がゾロの肩に担がれる。これは、この体勢は・・・!
これから起こることを想像して、サンジはぶるりと躰を奮わせた。これは、間違っても快感などではなく、恐怖の身震いだと、今は信じたい。
「や、やめ、ゾロ、・・・んなでけェもん、入んね、」
「やってみなけりゃわかんねェだろが。これは・・・練習、なんだろ?ラブコックさんよ。」
ニヤリ、と口角をあげたゾロの表情が、サンジの視界にぼんやりと写り込む。
それは、サンジが冷静に見ることのできた、最後の表情だったことは、言うまでもなかった。



「あら、サンジくん。今日はずいぶんと、ゆっくりなのね。」
「あぁ!おはようございますナミすゎん!!今日もとってもお美しい!!」
条件反射のように愛の言葉を連ねながら、サンジはくねくねと腰を折った。途端、「っう、」と妙な声が漏れる。不審そうに眉をひそめたナミに向かって、サンジは慌てて平静を装う。間違っても、腰が痛いなどと、到底口にできるはずもなかった。
「ささ。あと少しで、おいしい卵が焼きあがりますので、今しばらくお待ちくださいませ。」
丁寧に一礼をして、サンジは小さく舌打ちを打つ。
あんのクソ野獣。・・・あいつのせいで、ナミさんの朝ごはんが間に合わなかったじゃねぇか・・・!
『いててて・・・』
痛む腰をさすりながら、柔らかくかき混ぜた卵をふんわりと焼き上げる。砂糖たっぷりの甘い卵焼きは、きっと、ナミさんの口に合うだろう。
「どうしたの?サンジくん。」
「え?」
「腰。痛そうだけど。」
ナミの鋭い指摘に、サンジがぎく!と背筋を凍らせる。その、見えない緊張が寒空の朝を横切ったのと、ドアが乱暴に開いたのは、ほとんど同時のできごとだった。
「・・・いててて、くァ・・・おはようさん。」
「あら?あんたもなの、ゾロ。」
「あ?」
「腰。なんかサンジくん、痛めちゃってるらしいのよ。」
たった5秒前のサンジと全く同じ表情で凍ったゾロを横目に見遣って、ナミは平然と言葉を連ねた。
―あんたは、トレーニングのし過ぎじゃない?
何を言い返すこともできず、そのまま固まるふたりの男に見向きもせず、やってきた船長と呑気に挨拶など交わしている。
「そろそろ、船医も、必要かしらね。」
固まったまま動けないふたりの耳に、ナミの言葉が容赦なく届く。
「なんせ、毎日が戦闘の“練習”してるような、あんたたちだからねぇ・・・。」
ニヤリ、と意味ありげに微笑んだ、その表情に隠された裏側を考えないよう、サンジは再び、フライパンに向き直った。
舞い落ちる囁きは、天使のものか、悪魔のものか・・・
焦げすぎた卵が、じゅうじゅうと黒い煙を上げる。
冷たい空気を割いて届く明るい日差しが、船を包み込んでいた。雲ひとつない青空から、鳥の影が甲板に落ちる。まっすぐに進む航路の先には、いったい何が待ち構えているのだろう。

そうしてふたりは、喧嘩を始める。
いつもと変わらぬ、幸福の光景。

もうすぐ、冬に咲く、桜の島である。



(完)

 

 

 

・・・前のページへ

 

 

bottom of page