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みっつめの交差点で 5

「じゃあな、ゾロ。迷子になるんじゃねぇぞ」

「なるかよ。空飛んで地元に帰るだけだろ」

まったく信用できない台詞を吐いてゾロがむっと顔をしかめた。ざわざわとした喧騒が広い空間を埋めている。

急ぎ足に行き交う人々。五分おきに流れるアナウンス。ゴロゴロと響くトランクの音が空の玄関で賑やかに交わる。

「ハハ、まぁ、せいぜい元気でやれや。どっかで野垂れ死んでも俺ァ知らねぇからな」

「あんたもな」

いつもと変わらぬ仏頂面が面倒くさげに返事を返す。つれねぇなァ、そう言って笑うサンジを怪訝な瞳がじろりと見返す。

「じゃあ。俺、行きます」

「なんだその敬語。おっ、さてはやっと俺をソンケイしたか? うはは」

そうだろう、そうだろうと肩を叩けばさもうっとうしそうに振り払われた。なんだよ、わざわざ見送りに来たっていうのに。つれねぇなァ。

日曜日の空港は様々な顔ぶれで溢れかえっていた。今から遠くに旅立つもの、長い別れを惜しむもの。再会の喜びと切ない別れが今この場所で混ざり合っている。

まるで、人生の交差点だ。

「うん。じゃあ、元気でな」

「あぁ」

「うめぇもん食えよ」

「あぁ」

「風邪、ひくなよ」

「……じじィかよ」

「うっせぇ!」

足裏で思い切り蹴飛ばしてやれば重い荷物ごとバランスを崩した。かろうじてその場に留まってゾロが不満げにサンジを見る。子どものような、大人のような、ちょうど間に揺れる横顔。

「俺は……その、嫌いじゃねぇぞ」

「あ?」

ぶっきらぼうに言い放ってゾロがゴロゴロとトランクを引く。サンジはわけがわからないという風に首を傾げて背中を見つめる。搭乗ゲートに向かうその背中が意を決したようにスっと伸びる。

立ち止まって、五秒。

永遠の、一瞬。

「――この街には、てめぇがいるから」

そう言って、二度と振り向かない。

ゲートの向こう側へと消える後ろ姿を見送りながらサンジは呆然と立ち尽くす。

たったひと月。偶然が引き寄せたこの出会いに、一体どんな意味があったのだろう。

「待ってる!」

届くか、届かないか。ゾロの姿が消えゆく間際サンジは大きく声を上げる。

「五年でも、十年でも、俺はここで、俺の故郷で、待ってるから! ……戻って来いよ、ゾロ!」

緑頭の青年がゲートの向こうの角を曲がる。

青年はひらり、と片手を宙に振って雑踏のなかに消えて行った。

 

 

いくつ歳を重ねても中身の自分は変わらないまま、例えば14歳の頃と同じように世界を見ている気がしてる。

見た目だけ大人になって、偉くなったふりをして。与えられた目の前の仕事をこなすばかりで生きる自信なんて掴めやしない。

毎日毎日逃げたくて、それでもここから動くのも怖くて、代わり映えのない毎日をただ無責任に嘆いたりする。

誰かのせいにしておきたいこと、運が悪いと嘆くこと。幸福を人と比べながら、己を見ないようにするので精一杯だ。

まっすぐに歩くということは、酷く傷つくことと隣り合わせなのだろう。

それは斬られるような胸の痛みを嘘をつかずに抱えることだから。

――そんなこと、俺にできるだろうか。

煙草の先に火を灯しながらサンジはふと、空を見上げる。翼を広げた人工の鳥が青い空を一直線に突っ切っていく。風に流れる紫の煙。頬を撫でる冬の匂い。首からぶら下げた一眼レフの四角い窓をそっと覗く。

「はいもしもし、お疲れ様です。はい、はい、明日の件で、はい――――」

長く続く下り坂。ガラス張りのブランドショップ。整然と並ぶ街路樹は嘘ものの自然を美しく彩る。

スケジュール帳に書き込みながらサンジはふと、手を止めた。

秋から冬へと変わる季節のはじまり。そこに赤ペンで丸をつける。

ふたりが出会ったあの日の記憶。

いつかまた、会えるだろうか。

 

緑頭の愛しいあいつ。

 

 

みっつめの交差点を渡った先で、また。

 

 

 

(完)

 

 

 

 

 

 

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