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アカと、ミドリと、金色と 1 ~ アカ ~

「ちょっ、・・おいルフィ!てめ、・・・待っ、なにす・・っ」
「待てねぇ、サンジ!手ぇどけろ。」
「っダメだルフィ、・・・っここは、キッチンだ!」
「だからなんだ!ここは、俺の船だ!!」
「だぁぁ、待て待て!待てって、ちょっ・・ッんん、」

照りつける太陽があたりの空気を蒸し蒸しとあたため、船員たちの憩う甲板を、ギラギラと夏色に彩っている。真っ白い雲が尾をひき、空を渡る鳥たちに不正確な地図を描く。

南中を二時間ほど回った陽の光は、少しずつ斜めに傾きながら、キッチンのふたりを曖昧に浮かび上がらせていた。

「・・・ッ!!ばっ、・・ダメっつったろ!いきなり何すんだてめぇ!!いくら船長だってこんな、」
「好きだサンジ。」
「は?」
「好きだ!お前が好きだ、サンジ!!」

いくらか背伸びをして壁に押さえ付けられていた両肩が、ピクリと小さく疼く。

いきなり乱暴に唇を奪われたコックは、思ってもみなかった船長の独白に次の言葉を紡げないまま、真っ黒に染まった瞳をじっと見つめ返す。
くすんだ赤色のタンクトップに麦わら帽子をぶらさげた船長は、身じろぎもせず真正面からその姿を見竦める。

「・・・わかった、わかったから、そこ・・・どけ。」
「わかってねぇ!俺はサンジがっ、」
「あぁぁはいはいもう、わかったって!・・・ちゃんと、聴こえたっつの・・クソゴム。」

心なしか顔を赤らめたコックが、その両肩を押さえ付ける船長の腕に優しく触れる。

むっとした表情で何かを言いたげに睨みつけた船長の、バラバラと目にかかる前髪をそろりと掻き分ける。その思わぬ心地よさに、船長のまぶたがぴくりと震える。

「あのな、ルフィ・・・。“好きな人”は、優しく扱うもんだ。」
「あぁ?!・・・どういうことだサンジ、俺はお前を今すぐ手に入れたいんだっ!」

『手に入れたい?・・・こいつ、意味わかって言ってんのか?・・・。』

その言葉の真意を測り兼ね、コックは内心で小首を傾げる。

ただただ真っ直ぐにコックを見上げた船長の瞳は、何度のぞき込んでも、思いがけない色情に揺らぐ自分のまなざししか、映し出していなかった。


サンジは小さくため息をつくと、ぶらさげられた麦わら帽子を、黒髪の跳ねた小さな頭にぽすりとかぶせる。

「・・・サンジ、俺はっ、」
「もういい、しゃべんな。・・・ちと黙っとけ。」

切羽詰った声をあげる船長の、次に続くはずの言葉を制止する。
これ以上、この雰囲気で一直線に来られると、自分を抑えていられる自信がなかった。

片手で乗せた麦わら帽子は顔にうっすらと影を落とし、荒い吐息を吐き出す船長の表情を隠している。

コックはその様子を、やれやれとため息混じりに見下ろした。
いくぶん鼓動の早まった心臓の音をごまかし、冷静さを自身に装って、逡巡する。

『・・・食欲と性欲でも、混ざったか?このクソゴム・・・。』



いつも肉肉とガキのようにうるさい船長が、こんな迫り方をしてくことがそもそも、想定外だった。

コックはいつもどおり、午後のおやつを準備しているところだった。

バタバタという賑やかな足音とともに、勢い込んであけられた扉をチラリと見遣る。そこにはどこか思いつめた様子の船長が仁王立ちをしていた。
その表情と出で立ちの不自然なバランスに、不意をつかれて一瞬固まったコックはしかし、なんだ飯の催促かよと思い至って、それ以上は別段気にかけるでもなく、焼きあがったパイにつまみ食い防止用の布切れをかけていた。

「おいサンジ!!」

ところが、ひと呼吸置いて船長から放たれた声色は、腹が減ったときのふにゃふにゃしたそれとは、似ても似つかないものだった。
凄まれているような、射すくめられているような、けれどもなぜ今自分がそのような大声を浴びせられる対象にされているのか、コックには皆目検討がつかず、怪訝な視線を返す。

船長はそんなコックをまったく無視してズンズンと近寄ると、ぐいっと腕を引っ張って荒っぽく壁に押さえつけたのであった。



困った。

いくら普段ガキくさい船長とはいえ、重ねた唇から漏れ出した自身の吐息に、熱い色が滲んだのにサンジは気づいていた。

やべぇ、・・・流されそうだ。


小さくうつむいたコックの耳に、低いうめき声が響く。

「・・・しろ、サンジ。」
「あぁ?」

「お前からキスしろ、サンジ。」

コックの中心が、ふいにざわりと波立つ。
その美しい金色の瞳にほんの一瞬、微かな欲情が揺らめいた。


サンジは、今しがた深くかぶらせた麦わら帽子を、右手の甲でそっと押し上げる。
そして、変わらずまっすぐ見上げるルフィの、うるんだ黒い瞳をまじまじと見つめ返す。


ゴクリと喉を鳴らしたのは、ルフィだったか自分だったか・・・。


そのふるえるまつげを両目に捉えると、ふわりと静かに、小さな口づけを落とした。

「ッ!・・・サン、・・・っ」

「・・・特別だぞ、クソゴム。」


いとも簡単にカクリと力の抜けた船長の腕から、するりと抜け出す。
胸ポケットをごそごそと探って、手にした重ための煙草に火をつけながら、つかつかと扉に向かった。

頬が熱い。

船長は今や、さっきまでの勢いが嘘のように、腑抜けた顔で、壁に向かってつったっている。



ここは、コックの聖域、キッチンだ。

ふぅと一息、紫煙を吐き出す。
押さえつけられていた肩に、ふと熱さが蘇る。

ルフィあいつ、ここで何しようとしやがった・・・?

その甘い空想を打ち消すかのように、金色の髪の毛をわしわしとかき乱したコックは、目の前の扉をバタンと開いた。



「なんだ・・・、いたのかよ。」



そこには、いつもと寸分違わぬ仏頂面をぶら下げて、マリモ頭が立っていた。

刀は一本だけが腰に刺され、その腹巻に両手をつっこんでいる。
額に滲む汗が、午後のトレーニングを連想させる。

「酒を取りに来ただけだ。」


――・・・見られたか・・・。


「・・・趣味悪ぃ。」


コックはすれ違いざまにぼそりとつぶやくと、美女達の待つ甲板に向けて、煙をたなびかせながらダラダラと歩を進めるのであった。




( 続 

 

 

 

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