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晴れの海の、苦い夜

 

まぶしい朝日の差し込むキッチンに、トントントンという小気味よいリズムが響いている。

パンの焼きあがる香ばしい匂いと、みずみずしく盛り付けられていく野菜たちの美しいパステルカラーが、爽やかな朝のひとときを豊かに彩っている。

 

いつもより少し早起きをしてきた小さな船員が、がちゃりと扉を開けて、動きを止めたのがわかった。

ごしごしと目をこすって、もう一度じっくり、こちらを見つめている。

 

「サ、・・・サンジぃ~~~っ?!!」

「おう、早かったなチョッパー。今、飯作ってやっからな、ちっと待ってろ。」

 

鼻歌交じりにトマトを刻む後姿は、昨日までのそれと、寸分たりとも違わない。

 

「え?え?サンジ、お前、治っ」

「おはようチョッパ・・、・・・・・え?!!!うそ、サンジくんっ?!な、なんでキッチンに、・・?!」

「んナミすゎあ~~~~~ん!!おはようございま~~~す!!本日も、ご機嫌麗しゅう。ささ、美味しい朝ごはんですよ~~~~!!」

 

船医に遅れること数分、パタパタと眠そうな足音をたてて現れた美人航海士は、心底信じられないという表情を、顔面に貼り付けている。

それには全くお構いなしに、くるくると求愛のダンスを踊るコックの様子もまた、いつものそれと、全く同じある。

 

しばしあっけにとられていた航海士は、目の前で同じく固まっていた小さな船医と目を合わせる。ふたりはパチクリと瞳をまたたかせ、腑に落ちない表情で首を捻りながら、コックに言われるがまま、キッチンへと足を進めた。

 

 

 

「それで、わかったのよ。“オモヒハレヌ者”の、意味が。」

 

カチャカチャと銀の食器が音を立てる。

それぞれの皿に盛り付けられた色鮮やかな食材たちが、焼きたてのパンとともに次々と、胃袋へと消えていく。

もぐもぐと口を動かし続ける船員たちは、朝のキッチンによく通る航海士の頼もしいアルトに、耳だけをそろりと傾けている。

 

「オモヒ、の部分は、“おもい”。・・・気持ちのことね。」

「あら。ずいぶんと、詩的なのね。」

 

うふふと微笑んだ考古学者の横顔に、航海士もにこりと笑いかける。

 

「そして、ハレヌ、の部分は、“晴れぬ”。・・・これを並べてみると、“想い晴れぬ者、晴れの地に足踏み入れるべからず”。・・・つまり、晴れない想いを抱えている人は、この海域に足を踏み入れてはいけない、・・・ということだったみたいなの。」

「晴れない、想い・・・?あ、それでか!」

 

何かに思い当たった様子の船医が、ポンと膝を叩く。

 

「どういうこと?チョッパー。」

「あぁ、医学書にな、この症状の治療についての項目があったんだけど・・・。その方法が、“手紙を書く”とか、“ケンカする”とか、・・・なんか、妙なのばっかりだったんだ。ナミの話聞いて、わかったぞ。抱えてる想いを、晴らしてしまえば治るってことだったんだ。・・・あぁ!だから、“告白する”が、あげられてたんだな!」

「そうなの。晴れの海域には、“晴れていない人”は入れない、ってことだったみたい。」

「うふふ、素敵な話ね。」

「そうかロビン?サンジ昨日、結構苦しんだんだろ?このウソップ様を呼んでくれれば、盛大に笑わせて、気を紛らわせてやったのによ。」

「そりゃスーパーだな!」

「にししし!よかったじゃねぇかサンジ!なんか知らねぇが、想いは晴れたんだな!」

 

屈託なく言い放った船長の言葉で、全員が一斉に、サンジを振り返った。

 

船医の話の途中から、居心地が悪そうにうつむいて目をそらしていたサンジの耳朶が、端から見てもそれとわかるほど、赤く染まっている。

 

「どうしたサンジ?顔、赤ぇぞ?」

「あ、い、いやチョッパー、大丈夫だ。いや、大丈夫じゃねぇか、熱っぽいかな?・・・か、風邪でもひいたんじゃねぇか?・・あ、あははは。」

「大丈夫か?病み上がりだもんなぁ・・・薬出してやるから、あとで医務室来いよ。」

「お、おう!ありがとよチョッパー!さあみんな、美味しいご飯の続きだぜ!!」

 

怪訝な表情でそのやり取りを聞いていた船員たちは、目の前に並んだ美味しそうなデザートに、一瞬で目を奪われる。

 

「わぁおいしそうサンジくん!」

「さすが、コックさんの腕は一流ね。」

「あぁ!愛しのナミすゎんに、ロビンちゅゎん!お二方のお褒めの言葉に預かるだなんて、ぼかぁもう、この世に思い残すことはありません!」

「じゃあ今すぐとっとと海に沈みがれ、エロコック。」

「あぁ?!!・・・んだとこの、クソマリモ!!!てめぇのでけぇ口には、みかん皮ごと放り込んでやろうか!!」

「上等だ、うまそうじゃねぇか。」

「ちょっとふたりとも、やめなさいよ。ゾロあんた、サンジくん病み上がりなんだからね。ちょっとは気ぃ使いなさいよ。」

「ふんっ。・・・気合がたりねぇ証拠だ。」

「んだと?!!もっぺん言ってみやがれクソマリモ!!」

「ひ弱なひよこだ、っつったんだよ、クソコック・・・っ!」

「んだとコラ!!!てめぇ本気で、ぶっ殺す・・・!!」

「もう!ちょっと、あんたもなんとか言ってよルフィ!!」

 

「にししし!!いいじゃねぇか、仲良しはいいことだ!!」

 

不意に本質を突いた船長の言葉に、ふたりはぎくりと振り返る。

 

「な、なんでマリモと!」

「俺は別に!」

 

全く同じタイミングで声を張り上げたふたりの頬が、同時に赤く染め上がる。

 

「じゃあ!サンジの想いも晴れたところで!今日も元気に!冒険だぁーーーっ!!」

 

船長の高らかな笑い声が、快晴の空に潔く響き渡った。

 

 

船は今日も、風をいっぱい帆に受けながら、軽やかに前進を続けていく。

 

真っ青に澄んだ空は、太陽を美しく海へと反射させる。

そのキラキラと輝く青い海原は、誰も知らない小さな門出を、密やかに、ささやかに、祝福しているかのようだった。

 

 

 

 

( 完 )

 

 

 

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