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APARTMENT301

 その日、ゾロは仲間たちと飲みに行き、帰りが少々遅くなっていた。
 ついつい芝居談義に熱が入って気づいたときには終電が終わっていたのだ。
 二駅くらいだから歩いて帰るよと、タクシーの相乗りを断って帰路につく。
 かけ始めた金色の月があいまいな円を描いていた。

 ガチャリ、と扉を開くとキッチンに見慣れない姿を見つけた。玄関からまっすぐに続く共同スペースには隠すものがなにもない。
 「あれ、今帰りか」
 サンジは部屋の明かりもつけずに飲み物を飲もうとしているところのようだった。冷蔵庫から漏れる光がオレンジ色にぼんやりと浮かぶ。
 「飲み会で」
 「……そっか」
 ゾロは靴を下駄箱にしまってすたすたとキッチンに歩み寄る。
 「な、んだよ」
 「あ? 水を飲もうと思っただけだ」
 他意なく伸ばした右の腕にサンジがびくりと肩を揺らした。ゾロはそれを不審に思って、思わずサンジに視線を寄せる。月明かりが差し込んでいる。――なんだ? この感覚は。
 「……なんか、あったか」
 そう聞いたのは、単なる反射神経のようなものだった。何かを聞き出そうと思ったわけではない。ただ、いつもと微かに様子の違うサンジが少しだけ引っかかっただけだった。
 ――――ほんの一瞬。
 サンジはさっと顔色を変えて絶句したように息を吸った。
 それは見逃すこともできたくらいの、わずか0コンマ2秒の変化だった。ゾロははっと息を飲む。
 「……明日も早ぇんだろ、さっさと寝ろよアホマリモ」
 そう言ってくるりと踵を返したサンジの左の腕をゾロは強く掴んでいた。
 「っ、なに、」
 「なんかあったんだな」
 ゾロの手を振りほどこうとサンジがめいっぱいの力を込める。それをぐ、っと押しとどめ、ゾロは月明かりに目を凝らす。
 「やめろよ、なんだよ、別になにも」
 「…………どうした、この傷」
 ゾロがそっとそこに触れるとサンジはびくりと体を揺らした。押し合いの反動でめくれ上がったシャツの袖、そこから見えた白い腕には無数のひっかき傷がついていた。古いものから、新しいものまで。傷は深くはなかったが、明らかに通常の様子ではない。しかも自分でつけたというよりも、誰かに無理やりつけられたような傷。
 ――いったい、誰に。
 「……関係ねぇだろ、おまえには」
 そう言われて、喉が詰まる。確かに、ただのルームシェア相手がどこで何をしていようとゾロにとっては関係のないことだった。ましてや自分たちはたったひと夏の同居人だ。相手のことを深く知る必要など、最初から全くないはずだった。
 ゾロはじっとサンジを見る。
 だったら、どうして。
 「おい手ぇ離せ、この変態マリモ」
 「男か」
 それは直観だった。
 瞬間、サンジの喉がごくりと動いたのをゾロは今度も見逃さなかった。
 『だって、そういうのってわかるもんじゃないかな? 見てれば、なんとなく』
 あの日のサンジの言葉がリフレインする。見てたから、わかる。俺は、こいつを。
 「――――だったら、なんだって言うんだ」
 ひどく傷ついたような声でサンジがぼそりと言葉を吐く。金の前髪が顔を隠してどんな顔なのかわからなかった。

 

 

 

 サンジはフレンチレストランを経営している、そのあたりでは名の通ったコックの元で育った。
 店の予約は三か月先まで埋まり、ひっきりなしに客がやってくる。
 みな、ここに来ると心が満たされると、口々にそう言って笑いあった。美味い料理は人の心をすら魅了するのかと、サンジは幼いながらに「じじぃ」を自慢に思ったものだった。
 あれは月の明かりの美しい夜のことだ。
 キッチンに忍び込んだサンジは、くつくつと煮える大なべの前でつま先立ちに背伸びをしていた。
 それまでもこうして、何度かキッチンに忍び込んだことがあった。しかしそのたびじじぃに見つかって大目玉をくらっていたのだ。
 「てめぇにはまだ早ぇ、ちびなす」
 そう言って振り下ろされる鉄拳に何度涙を飲んだことか。
 サンジは目の端に涙を浮かべてじじぃのことを何百回だって睨み付けた。
 サンジは、料理がしたいと思っていた。
 じじぃのように、自分の手で人の心を満たしたいと、強烈なほどに願っていた。
 たとえるなら、空腹のときに手を伸ばすおにぎりのような。
 それは、甘美に熟した禁断の果実のように、胸を締め付けて泣けるほどに欲しいと思うものだった。
 『よし、今のうち……』
 サンジはぐんと伸びをして、小さなスプーンでスープをすくう。
 飴色の水面がつるりと揺れて、小さな満月を銀に浮かべる。
 『くそじじぃ、もったいぶりやがって……! おれだってできる!』
 ずっと、見てきたから。サンジは思う。
 見て来たのだ、あの背中を、あの誇りを、あの信念を。
 それはみなしごだった自分をここに置いてくれた、じじぃへの恩返しのつもりもあったのかもしれない。
 「えっ……?」
 突然、ぐらりと足元がふらついてサンジの体が大きく傾いた。
 目の前には銀色の寸胴鍋。とろ火でぐつぐつと煮えるスープは、スローモーションでゆらりと揺れた。

 

 

 

 「――――灼熱のスープをかぶったのは、おれをかばってくれたじじぃの右足だった。じじぃは右足に大やけどを負って、ひざから下は切り落とすしかなかった。それ以来店では日替わりで、別のコックがメインを請け負うことになったんだ。でも、」
 サンジはそこまでを一気に話して息継ぎのように言葉を切った。
 「……ダメなんだ、全然。じじぃの味にはほど遠い。店の評判はがた落ちで、お客が笑うことはなくなった――」
 月明かりに金糸が揺れる。白い煙がゆらゆらと立ち上る。懺悔のような言葉の色にゾロはじっと耳を向ける。
 どうやらこの街のはずれには、知る人ぞ知る有名なフレンチレストランがあるらしかった。サンジはそこに弟子入りをしてひと夏を勉強に費やすのだという。
 じじぃのために。
 初めて聞く話だった。コックをやっているということ以外、こいつについてなにも知らなかったことを思い知らされた。もちろんこちらから訊いていないのだから、それは当然のことなのかもしれない。だけど今、ゾロは痛切に思う。
 サンジのことなど、何も知らない。
 ただ日曜日の夜と月曜日の朝に、飯を一緒に食べるだけ……。
 「なぁ、ゾロ」
 月明かりを映す瞳がゆらり、と青く揺れた気がする。
 「寂しいんだ、おれ……」
 サンジの白い指先がゾロの頬をそろり、と撫ぜる。ぬるい吐息が耳たぶにかかる。中途半端な円を描く月がふたりの影を重ねて照らす。


 

 

 それからサンジは帰宅の時間が早くなり、夜は一緒にご飯を食べることが増えた。
 メニューは洋風から和風まで。ゾロの好物もすぐに覚えてメニューに加わった。「じじぃ」ほどではないにしたって一流であることには違いない。
 「なぁゾロ、うまいか?」
 「あぁ」
 ゾロがそう返事を返すとサンジは頬杖をついてにこにこと笑う。そうして一緒のベッドにもぐって朝まで同じ温もりの中にぐっすり眠った。

 

 


 「よぉゾロ、久しぶり。玄関の鍵くれぇ閉めとけよ」
 「あ~…………ウソップか」
 ゾロはばりばりと頭を掻きながら寝ぼけまなこをごしごしこすった。
今日は久しぶりのオフだった。舞台の上演中は休みがないことが多い。特に一人キャストでまわす演目だと三か月ぶっ続けだってよくあることだった。今回も同様の条件の舞台で、基本的に休みはなかった。会場の都合でどうしても休演せざるをえない今日が、唯一の休みということになる。
 「なんだ、俺の貴重な休みを邪魔するな」
 「悪かったな。ちょっとサインだけしてくれねぇか」
 悪びれる風もなくそう言って、ウソップがぺらりと紙を取り出した。右手にペンを握らされて、なかば強制的に名前を書かされる。
 「なんだ……悪徳金融業者かてめぇは」
 「違ぇよ、人聞き悪ィな。俺は善良な不動産屋だ。ここの家の契約、あと3週間だろ。その承諾書だ」
 あぁ……ゾロは適当に返事を返してもう一度布団にもぐりこんだ。用が終わったら帰れと、言外に背中で訴える。カーテンを引いた窓の隙間から夏の光が迷い込む。つけっぱなしのクーラーが「シュウ……」と冷たい息を吐いた。
 「邪魔して悪かったな。あっ、さっきサンジにも会ったぜ」
 去り際に言葉を繋ぎながらウソップが足早に部屋から出ていく気配がする。外ではミンミンとセミが鳴いて夏のど真ん中をうるさく彩る。
 「あいつも退去日は同じ日だ、9月6日」
 声を残して扉がしまる。夏の匂いが閉じ込められる。
ゾロはわずかに身じろぎして、深い眠りに落ちていった。

 「う、んん……今、何時だ……?」
 ゾロはごそごそと手を伸ばし、サイドボードを適当に探った。四角く薄い物体を掴んで適当なボタンを押し込める。ぼう、と蒼白く光る画面。22時37分。
 「もうそんな時間か……」
 ぐぐ、と大きく背伸びをしてゾロは布団から這い出した。だいぶ疲れも溜まっていたらしい。好きなことをやっているとはいえ、しんどくないと言えばウソになる。むしろ毎日が戦いの日々だ。知らずに疲弊していたな、とゾロはもう一度念入りに背伸びをした。
 「…………?」
 そこで、はたと気配に気づいた。気配に、というよりも「気配がないことに」気づいたといった方が正しいだろう。ゾロはもう一度スマホの場面を見遣ってそれからのそりと体を起こした。22時41分。
 「あいつ……いねぇな」
 扉を開けて外に出ると共有スペースの電気は消えていた。ここ最近ではこの時間はふたりでコーヒーを飲むのが日課だった。風呂上りの一杯が焼酎でなくなったのはアイツのせいだ。眠れなくなるだろ、と薄目に淹れられたコーヒーは微かに甘くて好きになった。
 ゾロはダイニングの電気をつけてひとりでキッチンの椅子に座る。
 あのまな板は、昨日アイツが漂白していたやつだ。たまには手入れしてやらないとなと、上機嫌で鼻歌を零す。そういうもんかと曖昧に答えれば「おまえは役者だからおまえを磨く、それと一緒だ」と笑われた。
 冷蔵庫に貼ってあるのは一週間の献立だ。忙しい仕事の合間に料理するには買い出しの調整も必要らしい。食べ物は食えればいいと思って生きて来たゾロにとって、それはとても新鮮に映った。
 アイツの部屋の扉は白塗りで、ゾロのそれと同じ色をしている。けれど今はどこか違って見える。一緒に眠るのはサンジの部屋のことが多かった。眠る前に一本煙草を吸いたいからだと笑った顔が目に浮かぶ。あの部屋で、毎日のように抱き合って眠った。夜が明けるまで求め合った。いつでも誘うのはあいつの方からだったけど、本当はいったいどう思っていたんだろう。
 見えなかった。
 ゾロは思う。
 アイツの気持ちも自分の気持ちも、なにもかも、闇のなかのように思えた。
 こんなに毎日一緒に居たのに、何も知らない、とゾロは思う。
 アイツのことなど、何も知らない。
 だけど――――
 ゾロは椅子から立ち上がって大きく一度息を吸い込む。腹の底に力をこめて、全身の力で玄関を飛び出していく。

 

 

 

 「……そんなに息切らして、どうした」

 サンジはそのレストランの前でふわふわと煙を流していた。三日月が柔らかに光を降らしている。魚の形をした奇妙な外観のレストラン。看板には『BARATIE』の文字。
 「探した」
 「迷子になってただけだろ?」
 ははっと笑った口元から白い煙がゆらりとのぼった。残り香は夏の風に溶けて、秋の気配を微かに滲ませる。
 「来い」
 「やだよ」
 強い力で押し戻されてゾロはぐ、と喉を詰まらせた。金髪が表情を隠して見えない。まただ、とゾロは思う。気持ちなんかちっとも見えない。
 「来い、俺と。帰るぞ」
 「はっ、いきなり彼氏面かよ。ほっとけ、おれの行く場所なんかいくらでもあるんだ」
 そっと片腕に手をあてながらサンジがぽつりと言葉を零す。どういう意味だなどと聞かなくてもわかる。言外に含まれたひりひりするような感傷も、その目がひどく傷ついていることも。
 「だいたいおまえだっておれの体の具合がよかっただけだろ? 男とヤれれば面倒ないもんな。女みたいに孕むこともねぇし、後腐れだってなくってすむ。ハッ、しかもおれたちは夏が終われば一生別れることにな、っ」
 言葉の最後を喉奥に流し込んでゾロはごくりと喉を鳴らした。薄い唇が重なり合う。
こんなにも熱いのに、こんなにも冷たい。
 まるでサンジの心のようだとゾロは思って体を引き寄せる。
 知らない、こいつの気持ちなんか。ゾロはまた、強烈に思う。きっと本当に理解することなんか、一生かかったってできないだろう。
 だけどそれは、別にこいつだけじゃない。
 誰かのことを理解できるだなんて、それはただの傲慢だ。
 人は誰だってひとりで、孤独で、寂しくて、だからこうして隣にいる。
 「好きだ。お前に惚れてる」
 ゾロはサンジを抱き締めたまままっすぐに言葉を繋げる。
 こいつがどうかとか今はもう関係なかった。本当に知りたかったのは最初から、こいつではなく、己の気持ちだったのだから。
 ――今、わかった。
 ゾロは腑に落ちた気がして、もう一度抱きしめる力を強くした。言葉にしてみてはっきりとわかったことがある。
 「俺は、お前を、愛してる」
 頬を撫ぜる風に秋が滲む。月が雲のベールに隠れる。
 ただそれだけを伝えるために、長い時間が経ってしまったと思う。

 

 

 

 「あっ、ゾロ……っ あ、あぁ」
 何度目かに精を吐き出しながらサンジが背中にしがみつく。思ったよりも強い力で皮膚がキュ、と引っ張られる。
 ゾロはサンジに覆いかぶさるように、上からがっちりと抱き込んでいた。腰から下を緩やかに動かせば悲鳴みたいに喉が鳴いた。
 「痛くないか」
 「ううん……気持ちい」
 視線をそっと逸らしながら頬を染めて素直に答える。額にキスをしてやるとサンジは小さく目を閉じる。
 「なら、いい」
 「うん」
 こくり、とうなずいてねだるように首を傾げる。ゾロは唇にキスを3つ落として、それからまぶたにも1つ落とした。
 「ゾロ、キス好きだな」
 嬉しそうに笑う顔にゾロの心臓がどくりと跳ねる。愛おしさがいっぱいになってゾロはぎゅっと目を瞑る。
 俺は今、いったいどんな顔をしているんだろう。
 汗でべたつく金糸を撫でながら思う。
 それを知ってしまうのは、なんだかちょっとだけ怖い気がした。
 「なぁ、ゾロ」
 そんなゾロの心中を知ってか知らずか、サンジがふわりと言葉を寄越す。
 「おれ……ずっと、ゾロがわからなかった……」
 おずおずとゾロを見上げながら静かに話し始める。
 「おまえは遊びでセックスするような奴じゃないって、それだけは分かってるつもりだった。でも、だったらどうして……おれを抱くのか、それだけがずっと、分からなかった」
 ゾロは金糸を撫でながらその告白に耳を寄せる。
 不安にさせていた、ということを知る。こんなにもひりひりと痛い気持ちだったのかと、知ってから初めて愕然とする。体を繋げれば知ったつもりになれるだなんて、そんなのは己のエゴでしかなかった。自分の気持ちすらわからなかった俺が、こいつの気持ちを知ろうだなんて。
 「おれはその、……慣れてるから」
 何を、とも言わずにサンジが零す。ゾロはキリキリと心臓を痛める。その言葉の裏側に、どれだけの傷が隠れているのだろう。
 「だから、その、もしゾロの気持ちが変わっても、……おれはまだ、取り返しがきく、っていうか」
 「アホか」
 ゾロの零した悪態にサンジはむっと眉間にしわを寄せた。人の親切を、とでも言いたそうな顔だ。なにが親切だ、アホか。冗談じゃない。
 「俺ァとっくに取り返しなんかきかねぇんだよ」
 ゾロは唸るように言葉を吐いて、それから優しくキスを落とした。

 

 

 

 「なに、お前ら一緒に出て来たのかよ」
 鍵を返しに行った不動産屋でウソップが驚いたような顔を見せた。お前らそんなに接点なかっただろ? と不思議そうに首を傾げる。
 「ありがとな、ウソップ。おかげで楽しい時間だった」
 「お、おう。俺の目利きに間違いはねぇだろ!」
 わざとらしく胸を張って長い鼻を「ふん」と鳴らす。サンジはにこにことそれを見つめてから、鼻の先をぐいと掴む。
 「あいっ、いてて、いてっサ、サンジくんいきなり、暴力は、よ、よろしくないんじゃっ」
 「じゃあさ、一個お願いがあるんだけど」
 サンジはにこりと微笑んで、ウソップにぐい、と顔を寄せる。こいつ……ゾロは内心でため息を吐いて、ふたりのやり取りを後ろから見守る。
 思ったよりも優しくないし、思ったよりも弱くない。案外と冷たいところがあるし、本当は不器用なところもある。
 だから、いいんだよ。
 ゾロは思う。まるで味付けの複雑な料理みたいだった。毎日のアイツの料理のおかげで、無駄に舌が肥えちまったじゃねぇか。
 「ルームシェアのできる物件、探してくれよ」
 「は、……は?」
 「相手はゾロな」
 よろしく。そう言ってひらひらと片手を上げて自動扉をウィン、と開ける。秋の風が流れ込んでカレンダーをはらはらと揺らした。9月6日。ふたりの恋を育んだ日曜日。
 「そういうことだ。よろしく頼む」
 「は? なにお前ら……えっ、は、どういう風の吹き回しで、」
 「客の余計な詮索すんな」
 ずい、と一歩、歩み寄ればウソップは「ひぃ……っ」と声を絞った。これできっと今日の夜にも新しい鍵が届くはずだ。できればベッドは広い方がいい。寝室はひとつでもかまわない。
 「じゃあな、今夜あたりまた来る」
 「えっ、お前らその間どうすんの、だって家はもう」
 「教えてほしいか? 俺たちがどこで“休憩”してるか」
 ゾロはにやりと口端を上げて意味深な笑顔をウソップに向ける。赤くなっていた頬の色がしだいに青へと変わっていく。おぉ、化学反応みてぇだな。ゾロは思ってからからと笑う。秋の空は高く澄み渡り、うろこ雲が柔らかに波を打つ。
 「そういうこった。アイツには内緒にしとけよ、怒られるのは俺だから」
 「絶対に言わねぇよ……できることなら今すぐに忘れたい…………」
 辟易とついたため息が涼やかな風に消えていく。新しい季節に胸が躍る。自然と頬がほころぶのを誤魔化すように、ゾロは外へと足を向ける。
 別の心臓のリズムがひとつに溶ける喜びを、今、この場所から、いつまでも。
 「うし、行くか」
 「うん」
 笑いあってキスをする。
 
 いつもどおりの今日が始まる。

 

 

(完)

 

 

 

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