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日曜日のやさしいキス

背中からぬくもりが流れ込む。くっついた部分が温度をあげる。

僅かに開けた窓の隙間から夏の風がまつげをかすめていく。

月がふたりを照らしている。

「……ゾロ」

その名を呼べば、触れ合った体が後ろでわずかに身じろぎした。

ため息の色が熱に染まる。夜がまたやってくる。

 

一味はこの張りぼての島でひと夏のバカンスを過ごしていた。

街の修繕や靴磨き、それぞれが仕事を担いながら思い思いに日々をすごす。

サンジはといえば海辺の小さなレストランの、日替わりオーナーを任されていた。美味い料理と物腰の柔らかさ。レストランは終日華やかに賑わっていて、昼間はホールいっぱいにレディたちの最高の笑顔が満ちている。

この夏の毎週日曜日、毎朝ここにやってくる。

それはこの夏の囁かな決まりごとのようなもので、あとは全て自由だった。久しぶりの再会でみな浮かれていたこともあったのだろう。

たった数週間、繰り返されることの約束された幸福にサンジは思わず頬を緩める。

 

朝。店の窓を開けると遠くに見慣れた姿が見える。

約束の時間からゆうに2時間ほど遅れながらゾロがのそのそと歩いてくるのが見えた。

サンジはわずかに口端を緩めて扉を思い切り押し開ける。夏の朝に似つかわしい鮮やかな緑が空に映える。

「……社長出勤か、ゾロ」

「店の位置変わったなら、知らせとけ」

ぶっきらぼうにも見える表情で当然のように扉をくぐる。サンジはその背中に続き、眉根を下げて煙を流す。

「おい、遅れて来やがったくせになに悠々と歩いてやがる。なんか言うことあるんじゃねぇか?」

「あ? あー…………」

おはよう。

振り返るまぶしそうな眼差しに、サンジはふわりと笑みを返す。おはよう。

日曜日の朝はこうして今日も、キラキラと光に満ちて始まっていく。

 

金糸に柔らかに頬ずりしてそっと頭を包み込む。暖かなため息が耳たぶをかすめる。

日曜の夜はこうやって、店の二階で眠るのが常だった。

頭のてっぺんにキスが落ちて、サンジは泣きそうになりながら目を瞑る。

「なぁ、くすぐってぇよ」

「あぁ。悪ぃ」

悪いだなんてこれっぽっちも思っていな風に喉の奥から声を零す。さらり、と金糸を優しく撫でてゾロが鼻先を肩口にうずめる。すん、と小さく息を吐けばそのまま静かに体温を重ねた。それだけでサンジの目の端には僅かな紅色がにじんだ気がする。……ゾロ。

「なぁ、」

「大丈夫だ。居てやるから。……もう寝ろ、明日も早ぇんだろ」

な。と優しく頭を撫でられてサンジはコクリと頷きを返す。抱きしめられた体があたたかい。頬を優しい風が撫ぜる。遠く海の音が聴こえる。消えそうな三日月が水面にうかぶ。夏の匂い。

――ゾロ。

「……おやすみ、ゾロ」

「あぁ」

おやすみ。

もう一度、耳たぶに軽く触れるだけのキスが落ちる。きゅ、と心臓が緩く疼いてサンジはもう一度目を閉じる。

なぁ。もっと、近くに居たい。

もっと欲しい、ゾロ……――

 

夏の気配が窓から流れてゆっくりと夜を深めていく。

海から吹く穏やかな風は移り変わる毎日に色を落とす。

少しずつ、ほんの少しずつ、次の季節の足音が聴こえる。

こうしてふたりの秘密の逢瀬はいつもの海に溶けて消える。

なぁ、ゾロ。

何度だって繰り返される真っ赤な心臓の小さな疼き。

好きだよ。

届かない台詞は降り積もり、雪のように沈んでいくだけ。

 

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