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バレンタインデーキッス

ちゅ、ちゅ、と繰り返す水音が狭いキッチンに響いている。

壁際に追い詰められたサンジは、崩れ落ちそうになる体をかろうじて両足で支えていた。

甘ったるい菓子の香りが夜の光に溶けて、揺れる。

「ん、も、しつけ……」

「好きだろ」

こうされんのが。

暗にいじわるな台詞を吐いて口づけはいっそう深く抉った。

上唇、下唇、前歯の裏、頬の奥ーー

舐めとるように舌が這ってサンジはずるり、と膝を落とす。

「っと……、」

細い腰にまわされた太い腕がサンジの体重を支えてしなった。

戦う手だ。

己とは違う、けれども美しい矜持だった。

果てしなく強くしなやかな想いが、血管をとくとくと真っ赤に流れているのがわかる。

心臓を締め付ける温度が、熱い。

「ん、……ぁっ」

思わずこぼれた甘いため息にサンジの頬を紅に染まった。

すると金糸に差し入れられた無骨な指先は、堪らないようにくしゃりと髪を乱した。

昼間に開いたパーティの名残でキッチンにはチョコレートの香りが漂っている。

――夜はまだ、終わらない。

「な、ゾロ……もう」

はやく。

切ないほどに疼く腰。張り裂けそうな胸の痛み。何度しても、何度繋がっても、空虚な穴が埋まることはない。

もっと深く、もっと長く、永遠なんて……一瞬の偽物なんだから。

「なに、考えてる」

長い長いキスの合間にぽつり、とゾロが言葉を零す。とろん、と見上げた向こう側に綺麗な月が浮かんで見えた。

綺麗な夜だ。

この瞬間にずっとずっととどまっていたい。――永遠に。

「……弱ぇ頭でなに考えてんのか知らねぇが」

耳元で響く聴き慣れた低音。悪態のように零された台詞はしかし甘く、優しく、鼓膜を揺らした。

チョコレートなんか、嫌いなくせに。

「お前が横で笑ってりゃあ、俺は必ずここに帰ってくるから」

大丈夫。

さらり、と金糸を撫でる掌。月の光に揺れるまつげ。柔らかなキスがまぶたに落ちる。ふたりだけの狭いキッチン。

「……迷子に、なるんじゃねぇぞ」

「てめぇが迎えに来てくれんだろ?」

ハハ、と短く笑った口元に甘やかな口づけが静かに降る。そうして離れて行こうとした頭を無理やり掴んで引き寄せる。思い切り上唇に噛み付いてやれば欲に濡れたため息が聴こえた。

「……早く喰っちまわねぇと、溶けてちまうぜ?」

ニヤリ、と笑った口元を、深く、熱い口づけが塞ぐ。

なにが起こるかわからない。

保証された明日などどこにもない。

生きることが奇跡のような毎日に、だからこそ、一緒にいよう。

「てめぇのは……本命だ、バーカ」

夜風がゆらゆらと船を揺らし、月明かりが水面に映る。春を待つ静かな夜に亜麻色のため息が溶けて、消える。

ふたりきりのキッチンに、甘く漂う菓子の香り。

明日からまた、いつもどおりの日常。

今夜だけはほんの少し、特別な味を加えてやろうか。

「奇遇だな、俺も本命だ」

ニッと笑った横顔に暖かな光がほのかに滲む。

そのごつごつと骨ばった頬にサンジはひとつ、キスをする。

甘い、甘い、チョコレートの匂い。

しあわせの意味を溶かしながら。

 

 

 

☆ ハッピーバレンタイン! (2015.2.14 増田屋)

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