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キャプテン・ウソップ 航海日誌
※ このお話は、夏コミ86の新刊「満月は二度のぼる。」の後に続くお話となっています。おそらく読んでいないと、きっとなんのこっちゃな内容です。
主に、通販でお買い上げくださった方、もしくはイベント当日に部数が足りずお付けできなかった方向けです。
20XX年 7月 ○日 天候:晴れ
本日、ゾロの奴が船を降りた。
ブルック、ロビンに続いて3人目だ。
まさかこのタイミングでゾロが降りるとは、たぶん誰も思っていなかったはずだ。
おかげでナミは相当お冠で、こっちはえらくとばっちりを受けた。
よくよく聞きゃあ、逆回りで同じオールブルーを探すらしい。それならそうと最初から言やぁいいものを、いつも言葉が足りないのだゾロっていう奴ときたら。
いつだったか、夜の甲板でナミとゾロが喋るのを聞いたことがある。
「満月はいつだ」とか、確かそんなことだった。誰も気付いちゃなかったようだが、あいつはほんの少し下船を焦っていたように俺は思う。満月と、なにか関係があったのだろうか。
それにしても勇敢なる海の戦士がいなくて心細い旅になるだろう。
ゾロ君にはしっかり、頑張って欲しいところである。
……サンジの奴、大丈夫か。
2XX0年 8月 ○日 天候:曇り
次の島についた。今度の島はいくつかの市政が隣り合う比較的大きな島らしい。
ゾロのいない船旅は、日を追うごとに「日常」になる。
フランキーは船を作り、チョッパーは毎日薬を挽く。
ルフィが肉をさんざっぱらねだると、サンジは思い切り蹴りを入れる。
獅子の背中は、嘘くさいほどいつも通りだ。
2XX0年 10月 ○日 天候:雷雨
ルフィとサンジが喧嘩をした。いつもは冷静なサンジが、あんなに取り乱すのは至極珍しいことだった。
久々に好き放題サニーをぶっ壊したサンジは、最後にはルフィに跨って煙を吐いた。
「なんであの時ーー」
その後の言葉を飲み込んで、サンジはひとりキッチンに向かった。
理解することと納得することは、同時に起こることじゃねぇから。
ぽつりと呟いたルフィの言葉に俺たちは何も言えなかった。
2XX0年 12月 ○日 天候:雪ときどき雷
ゾロの奴がいなくなって、もうすぐ1年の半分が過ぎる。
仲間たちの会話のなかにその名が上がることはめっきり減っていた。
別に、忘れちまったわけじゃあ断じてない。
思い出語りは山ほどあるし、迷子のエピソードなんか未だに腹をかかえて笑うことができる。
けれど日常を共にしていないというのは、つまりはこういうことだった。
それぞれは事あるごとに思い出しても、全員で共有できるほど明確な瞬間が見当たらないのだ。
無理に話すべきことでもないから、俺たちは日の流れるのにまかせ自然と奴のことを話さなくなった。
喪に服す、とはこういうことかと俺も密かに溜め息を飲み込む。……別にあいつは、死んじゃいねェけど。
夜のキッチンからは、今でも時折低い呻き声が聴こえてくる。
発作のように流す涙は、いつになったら乾くのだろう。
俺はただ、黙って見守ることしかできねぇよ。
2XX1年 1月 ○日 天候:晴れ
次の島でチョッパーが船を降りるようだ。
世界の国々をぐるりと回り、調薬に必要な材料は十分手に入れたらしい。
俺たちは笑って、少しだけ泣いて、あいつの旅立ちに祝杯を上げた。
「俺が万能薬になるんだ」。その言葉の持つ力に、俺たちはどれほど助けられて来ただろう。
チョッパー、ありがとよ。お前の存在そのものが、俺たちにとっちゃ万能薬だった。
そうさ、きっとそりゃあ他でもねぇ、寂しがり屋の「あいつ」にとっても……。
2XX1年 3月 ○日 天候:快晴
今日はサンジの誕生日だ。
毎年開かれる豪華なパーティーが今年も船上を賑やかに飾った。
参加の人数は半分近くに減ったけれど、船長の腹具合はますます勢いをますばかり。
相も変わらずサンジの野郎は日がないちにちてんてこ舞いだった。
自分の誕生日だというのに気合を入れて、俺たちもそれを甘んじて受ける。
これじゃいつも通りの食卓なのだけど、「それがいいんだよ」とそこだけは、ナミが言おうがロビンが言おうが、絶対に譲ろうとしなかった。
花火を上げようと言いだしたのはナミだ。
珍しく大金をはたいたかと思いきや、どうやら前の島で一発儲けてきやがったらしい。抜け目のねぇ女だ。
「あら、サンジくんのためよ」とあいつは笑ったけど、その目の奥に灯った光を俺は決して見逃さない。
どでかい光の輪っかが凍った冬の空に大輪を咲かす。
島のひとつも見えない海のド真ん中。俺たちはたった5人で、100人分くらい大騒ぎした。
明るく照らされる互いの横顔。パラパラと落ちる繊細な火の粉。
こんなに笑ったのはいつぶりだろう。
サンジはいつの頃からか、ひとりになっても泣かなくなった。
2XX1年 7月 ○日 天候:曇り
ついに今日、フランキー自慢のニューシップが誕生した!
黒い煙をもくもくと吐き出す俺たち念願の蒸気船だ。動力源はコーラだから、なんといっても環境に優しい。
これでやっと楽になるってナミの奴は喜んでたけど、その後サンジが甘いお菓子をナミだけに焼いたのを俺は知ってる。
風を読むのがあいつの仕事。やっぱり少し寂しいんだろう。
進水式は再来週。この島を出るタイミングだ。
別れを交わすサニー号の、行く末がちと気になるところだ。
……なに、今度は意地なんて張んねぇよ。俺様だって少しは大人になったんだぜ?
2XX1年 7月 ○日 天候:霧雨
フランキーが船を降りると宣言した。まさかの展開に船はちょっとした混乱に陥った。
その慌てっぷりといやぁ、だってお前が作った船だろと、あのルフィが思わず引き止めたくらいだ。
フランキーはだけど、笑って、「スーパー幸せだぜ」と機械の掌をサニーの頭に乗せた。
「俺はサニーと故郷へ帰る。てめぇらのおかげで、俺はこんなすげェ船を作ることができた。十分だ。十分すぎるほどだ。その背に乗るのは海賊王。……なんつう幸福野郎だ、俺ァ」
頬に伝う涙を拭い、あとは頼んだぜと笑いかける。
俺たちは感謝と思い出に胸をいっぱいにして、サニーとフランキーに別れを告げた。
新しい、船に乗って。 俺たちは進む。 それぞれの、夢を乗せて。
いけ、俺たちのニューシップ、「グレート・ラビット号」!
2XX1年 12月 ○日 天候:雪
雪が降るたび思い出す。
チョッパーとふざけ合った柔らかな甲板。キッチンから聴こえるコトコトという暖かな音。
暖かな甲板にごろりと寝そべって、草原に雪を積もらせるゾロの寝顔。いつも通りに流れ行く光景。
もう二度と見ることがないかもしれないと、あの時わかっていれば未来は少し変わったのだろうか。
俺たちはこうして平凡という名の「幸せ」を、毎日何食わぬ顔で貪っている。
2XX2年 5月 ○日 天候:晴れときどき雨
結局俺は船を降りないまま、こうして2年の時が過ぎようとしている。
ルフィは相変わらずの大食らいで、ナミのげんこつは増える一方だ。
ウソップ工場は充実したし、サンジは……
サンジ。
こんな言い方、おかしいけどよ。
あれだけくるくると表情を変えるサンジの、「本心」を見たことなど俺はほとんどなかったように思う。
それはきっと他の仲間たちも同じで、だけどなんとなく、なんとなくだけど、あいつだけは。
……ゾロだけは、いつもまっすぐに、サンジのいちばん深いとこに触れていたような気がしてたんだ。
人知れず流した涙のわけを、俺たちは知らない。
真っ赤に泣き腫らした目で朝のキッチンに立つサンジの背中に、かける言葉なんか見つからなかった。
最近じゃあ、いい顔をするようになったと思う。
喧嘩相手がいねぇってのも寂しいもんだななんて、あんな風に柔らかに笑う。
じゃあ俺が相手になってやるよなんつぅことは、死んでも言いたくはねェけどよ。
なぁ。そろそろ帰って来てもいい頃じゃねぇか、ゾロ。
ひでぇ迷子のお前が、それでも帰って来ようと決めたのは、他でもねぇこの場所にサンジがいるからだろう?
2XX3年 3月 ○日 天候:快晴
長い旅路の果てに、見つけたものはなんだったのだろう。
傷つき、迷い、ときには苦しみ、俺たちは少しだけ、強くなった。
先のことなんてわからねぇけど、振り返ればただそこに、一直線に伸びる道。
いったいこの先には、どんな未来が待っているんだろう。
今日までの俺が背中を押す。そっとただ、傍に寄り添い。
だからきっと、すべてはまるっと大丈夫。
そうして俺は、今日ここに筆を置く――――
2XX3年 11月 ○日 天候:晴れ
おいおいウソップの野郎、こんな大事なもん置いてっちまっていいのかよ。
航海日誌はグランドラインに入った海賊が命の次に大事にするモンだぜ?
ったく、キャプテンウソップが聞いて呆れるな。
だいたい人のこと好き勝手に心配しやがって、余計なお世話も甚だしいぜ。
俺ァてめぇなんざに心配されるようなタマじゃねぇよ。
あいつ、調子に乗りやがって、しつっけェのは鼻だけにしとけよな。
なぁ。会えたぜ、ウソップ。
あの迷子、帰って来たんだ。
今からこのノート、てめぇに届けに行くから。おとなしく首洗って待ってろよ。