top of page

よぞらの、ひまわり。

「なぁ、早く早く!はじまっちまうよ!」
「んあぁ、ちっと待てって、まだ酒を、」

小銭がないことを確認したゾロは、ちっと舌打ちをして札を取り出す。
濡れた缶の水が滴り、ぽたりと紙を濡らしていく。
さっきの焼き鳥で、細けぇのは使いきったか・・・
受け取った釣り銭をそのままじゃらりと財布にぶち込んだゾロは、思い出したようにチャリチャリと財布を傾けて、残りのコインを曖昧に数えた。

「おーい、何してんだよ、さっさと行くぞー!」
「ちょっと待てって、てめぇの分も買ってんだぞ!」

人ごみに紛れた金色の頭が、夜店のライトに照らされてオレンジ色に光っている。
両手に抱えたビニール袋を、高く掲げて楽しげに笑う。
あ、またそんなことやってたら、タレが袖についちまうぞ。
濃い藍色の浴衣の裾ははらりと揺れて、ゾロの到着を待ちわびている。

「おら、酒だ。」
「おー、サンキュ。これで準備はよし、っと。あ、」

何かを見つけた顔で、サンジがゾロを振り返る。
さらりと揺れた前髪に、心臓がドキリと脈をうつ。

「そうだ、お面買おうぜお面。」
「はぁ?ガキか。」
「いいじゃねぇか、こういう時しかできねぇこと、ちゃんとしようぜ。」

にかっと笑った口元に、キスをしたいとゾロは思う。




花火を見に行こう。

そう言い出したのは、サンジの方だった。


顔を合わせれば喧嘩ばかり、決して仲が良いとは、お世辞にも言えないふたりである。
些細なことで怒鳴り上げ、罵声を浴びせていがみ合う。
殴り合いの喧嘩に至れば、いつでもそれは本気だった。

あれは、いつの頃からだっただろうか。
少しずつ少しずつ、ほんの少しずつ、お互いの「強さ」を認め合うように、なっていったのは。


零れた涙に、吐き出された弱音に、サンジの「脆さ」を。
噛み締められた唇に、刻まれた深い傷に、ゾロの「覚悟」を。


静かに悟ったふたりは互いに、背中を預ける相手として、かけがえのない存在感を意識するようになっていった。




「おいコラ、迷子マリモ!てめぇ俺から離れんじゃねぇ。」

いきなりぐいと引っ張られ、麻の浴衣が僅かにはだける。
くすんだ緑に、黒の縦ライン。
真っ赤な帯締めが、ぎゅうと腹をしめつけている。

「ってぇな、わかって、」
「あぁ!!!」

ゾロの不満を遮って、サンジが大きく声をあげた。
その指が指す方を見ようとゾロが首を振ったその瞬間、大きな音と衝撃が、空からふたりに降り注いだ。

どーーーーーん

「花火だぁ!!!」

夜空に咲いた真っ赤なひまわりが、ふたりの頬を明るく照らし出す。
宝石を散りばめたような星空が、大輪の背景を美しく彩っている。

「急ごう、はじまっちまった。」

足早に駆け出そうとふりをつけたサンジが、はたと立ち止まって視線を寄越す。
一瞬なにかを逡巡したらしいサンジの左手が、そっとゾロの袖口にのびた。

「・・・はぐれんなよ。」

躊躇いがちに握られた袖の先が、なんだか妙に、くすぐったい。
大きな破裂音とともにバラバラと零れる夜空の花が、ふたりの背中を美しく照らし出している。




サンジに引かれるように川縁に出たふたりは、突如目前に現れた大輪に、一瞬で目を奪われた。


どーーーーーん


「うわぁ・・・綺麗、だ・・・っ!」

大きく見開いた瞳に、蒼色の花びらが映り込む。
何よりも、その様子が綺麗だと、ゾロはこっそり息を飲む。


どーーーーーん


「うひゃあ・・・!今の、でかいな!」

ガキのようにキャッキャとはしゃぐサンジの背中には、あひるのお面がぶらさがっている。
いつもであれば、罵詈雑言を連発した上に、炎の足技が飛んできそうなチョイスである。
祭りの浮かれ気分がそうさせるのか、案外ご機嫌に受け取ったサンジを見て、たまにはこういうのも悪くないなと、ゾロは密かに口角をあげた。

——・・・あるいは、今日なら。

ふたりで並んで、腰を下ろす。
ぷしゅうと開けた缶ビールが、生温く喉に流れ込む。
中心地からほんの少し距離のあるこの場所は、穴場スポットなのか人影もまばらだ。
大きく開けた夜空を見上げながら、涼やかな風に目を細める。


「なぁ、・・・ゾロ。」


どーーーーーん


次々にあがる花火は、ふたりの影をひとつに重ねて映し出す。
大小に花開く夜の大輪は、一瞬だけ強く輝いて、夜空の海へと散っていく。

このまま、時が、止まればいいのに。


どーーーーーん


「・・・ゾロ。」


どーーーーーん


静かに零れる甘い声が、ゾロの耳をくすぐっていく。
最後の方は、花火の音にかき消されて、聴こえない。
大切な、なにかを、聴いた気がする。

今、なんて言った?サンジ。

赤い顔でうつむくサンジの横顔に、ゾロはたまらずキスをする。
驚いて見開かれた瞳には、金色のひまわりが美しく咲き誇っている。


もう一度、聴かせてくれ。
何度でも、聴かせてくれ。


どーーーーーん


その声で、その唇で、俺の名前を呼んで欲しい。

「ゾロ、・・・」


——・・・愛してるのは、俺も同じだ。


「また、来よう。」


美しい花びらは、今や百花繚乱に乱れ咲いて、漆黒の宝石箱を煌びやかに飾り立てる。
無数に打ち上がる夜空の大輪は、クライマックスに向かって、華々しく終焉の宴を盛り上げていく。

小さく頷いたサンジの金糸を柔らかく撫ぜて、もういちど、今度はさっきよりも少し深く、唇を落とす。



来年も。再来年も。

「サンジ、」

一緒にいたい。
ここに、この場所に、いつまでも、何度でも、


・・・ふたりで。





( 完 )

bottom of page