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砂の模様

もうもうと砂埃の立ち込める、街のはずれ。

普段は人気の少ないこの場所に、大勢の人が押しかけている。

 

響き渡る怒号、時折混ざる悲鳴のような声。

事の成り行きを心配そうに見守る人々の群れには、隠しきれない好奇の空気が漂っていた。

 

 

 

人だかりの真ん中に鎮座しているのは、大きな大きな檻だった。

まるで猛獣でも入れるのかという、頑丈な鉄柵が並ぶその檻のなかに、緑色の頭をした剣士が、苦痛に顔を歪めてうずくまっている。

 

目の前では、黒いスーツを着た小太りの男が、ぎゃんぎゃんと何やら高笑いを喚く。

右手には、硬い革の鞭。

その手が剣士に向かってまっすぐ振り下ろされるたび、人だかりからは悲鳴が漏れ、剣士の背中には、美しい紅が残された。

 

 

 

「どうだぁ?こんな大勢の人の前で、啼かされる心地というのはぁ?」

 

てかてかと光る頬を歪め、脂っぽくニヤニヤとした笑いを、顔いっぱいに貼り付ける。

荒く息を吐き出す剣士の両腕は、後ろ手に回され、ごつい手錠が動きを封じている。

その重たい金属の塊は、身じろぎするたびじゃりじゃりと、鈍い音を立てる。

 

「いい気持ちだろう・・・?もっともっとと、躰が疼くだろう・・・!」

 

男は、恍惚の表情を浮かべ、天を仰いだ。

足元には、泥にまみれた米粒の塊が、見るも無残にべちゃりと潰れている。

 

「これぞまさに、快楽の極みじゃあないかぁ。・・・のう?海賊狩り崩れの、ロロノアさんよう・・・!」

 

乾いた広場の中心に、狂気を含んだ低い唸り声が響く。

好奇に震える人の山が、再び意味深にざわめき立つ。

大きく振り上げられた男の右の手は、観客がごくりと生唾を飲見込む間合いを十分に取ってから、血の滲んだ背中めがけて一気に振り下ろされた。

 

 

「どうしたぁ?・・・もう、死んじゃったぁ?」

 

「っく・・・この・・・ッ、ボケが・・・、ッげほっ、・・!」

 

緑頭の剣士が、地の底から響くような声を、絞り出した。

 

「・・・これはこれは。さすが悪名高い賞金首だぁ!1ヶ月のあいだ、飲まず食わずで生きてただけでも、褒めてやろうじゃあないかぁ、なぁ、元海賊狩りぃ!」

「ッ・・・こんな、・・ところで、げほっ・・・ッ死ぬわけ、っ、・・・ないだろうが、この・・・クソ豚やろう・・っ!」

 

地面からじろりと男を睨みつける、その骨ばった頬は、乾いた血液と染み付いた泥で真っ黒に染まっている。

 

「・・・っ!ふん、・・・死にかけの三流剣士が、よくもまぁ、つらつらとそんな台詞が吐けたもんだぁ・・・っ!」

「さ、・・・ん流・・・ッは、てめぇ、だ・・・っ、」

「はっ!元海賊狩りがぁ、海賊に狩られちゃ世話ないぜぇ・・・!堕ちたもんだな、ロロノアよぉ!」

「ッ!!ぅぐはっ・・・、」

 

男は厭らしく唾を吐き出して、剣士の頬を執拗にぐりぐりと踏みにじる。

 

「ぐ・・・ッは!・・・ぅぐ、・・・・・・っぜぇ、・・はぁ・・・ッ」

「いーいカオだねぇ。どうだい、もっと啼きたいかぁ?それとももう、・・・死にたいかぁ?!!」

「俺は、・・・っ死なねぇ・・・ッ!」

 

分厚い靴底越しに男を睨みあげ、地響きのような唸り声を上げる。

 

「あいつら、と・・・の・・・・・っ、約束、なんだ、・・・っ!」

 

「はぁ?・・・約束ぅ?」

 

男は、さも可笑しいといった風に、薄ら笑いを浮かべる。

 

「無慈悲な海賊狩りが、仲間ごっことは粋だねぇ。でもどうだ・・・、お前が捕らえられてから1ヶ月、・・・誰も、助けに、来やしねぇじゃねぇかぁ・・・っ!!捨てられたんだお前はよぉぉぉ!ふあははははっ!」

 

 

「・・・あいつらなら、っ・・・・・・アイツなら、・・来る・・・、絶対・・・っ!」

 

 

 

ニヤリと笑った男が、最期の鞭を勢い振り上げた、そのとき。

辺りに、鉄の塊を打ち砕く、とてつもない轟音が響き渡った。

 

「ッッ??!!!!だ、誰、っ・・!」

 

 

「・・・すまねぇが、もらってくぜ。・・・コレは、・・・俺んだ。」

 

 

もうもうと視界を遮った砂埃のなかに、男の影が浮かび上がった。

男は剣士をひょいと小脇に抱え、ゆらゆらと紫煙を燻らせている。

 

「ッ?!!!!お、お前は、誰だぁ・・・っ?!」

 

「俺は、・・・コックだ。」

 

男はふぅと煙を吐き出して、ぎろりと眼光を光らせた。

 

「っははぁ?!コックだぁ?!・・・この俺様に寄越す客としては、いささか貧弱じゃねぇのかぁい!さてはお前ら、血迷っ・・ぅぐはぁぁァっっッ?!!!!」

 

灼熱に燃えた右足が、小太りの男に向かって、空から一直線に振り下ろされる。

 

「・・・てめぇじゃあ、こいつをウマく料理できゃしねぇんだよ、このクソ三流・・・っ!!!」

 

ごきり、と、やけに鈍い音をさせてへし折れた太い首に見向きもせず、男は風のように、空へと舞い上がった。

 

 

 

 

「わりぃ、遅くなった。レディたちを逃がすのに、手間取っちまった。」

「・・・・・・ふんっ、・・・俺、は、っ・・・なん・・・とも、ねぇ・・・ぜ・・、」

「もういい、しゃべるな。」

「・・・・・・悪ぃ、・・・な・・・、サン・・・・・」

「ばっか、・・・んな死にそうなカオしてんじゃねぇよ。」

 

ふわり、と羽のような軽さで微笑んだ剣士は、背中でカクリと力尽きた。

猛スピードで街を駆けぬける男は、そのえらく細くなってしまった体を、後ろ手にぎゅうと抱きしめる。

 

「ったく、ひとりで無茶しやがって・・・。」

 

ため息を漏らす余裕の態度とは裏腹に、瞳には微かな焦燥が滲む。

 

 

向かうのは、海の方。

 

西へ、西へ。

 

仲間の元へ。

 

 

「・・・死ぬなよ、ゾロ・・・っ!」

 

 

男の足運びが、巻き上がる風に合わせていっそう早まる。

 

 

 

・・・もう少しだ、

 

 

 

船に戻ったら、

 

てめぇの大好きなにぎり飯、たらふく喰わせてやるから・・・――

 

 

 

 

( 完 ) 

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