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夏の夕べ

(1)船長


「はい、じゃあトラ男くん。ルフィの子守、よろしくね。」

 

 

じわじわと、夏の夕べも迫る頃。
食料補給のために立ち寄った島は、昼間の熱気をはらんだまま、夜に向かって穏やかに賑わっていた。
手入れの行き届いた、小さな港町。
趣深い味わいを残す、古い石壁でできた家々。

 

「おいトラ男!あっち何か、騒がしくねぇか?」

 

“冒険”に目のない船長が、目をキラキラと輝かせながら、一歩後ろを歩く外科医を振り返る。
どうやら行き交う人々の流れは、街の奥に向かってゆるやかに華やいでいるようだった。

外科医はその、いかにも無邪気なかけ声に、眉根を寄せて一瞥をくれる。

 

――ログが溜まるまで、2日間。

 

偵察部隊の鼻屋と船医が、そう仲間たちに告げたのは、つい数時間前の事だった。
報告を聞くや否や、まっさきに船から飛び降りようとした船長の首根っこをひっ掴み、コックが航海士に話しかける。

 

「で、ナミさん。俺は食材調達斑でいいんだよな?」
「えぇ、サンジくん。いつもありがとう、助かるわ。」
「とんでもございません!んナミさんのためなら、例え火のなか水のなかぁ~~!」
「荷物持ちも連れてってね。私は、ショッピ・・・いや、情報集めのために街の方に行ってみるから、今回の船番はフランキーにお願いできる?」
「おう、任せとけ!ちょうど、甲板の整備が足りてねぇところだ。」
「おいサンジ!下ろせ!俺は街へ行きたいんだ!」
「黙れクソゴム!ナミさんの話を最後まで聞きやがれ!だいたいてめぇがひとりでほっつき歩いてみろ、いいことなんて起きやしねェ・・・!」
「ううん、それもそうねぇ、・・・」

 

コックに首根っこをつかまれたまま、ジタバタと不服そうにもがくルフィを見遣って、ナミははぁとため息をついた。
これまでの数々の“冒険”が、昨日のことのように思い出される。


 

偵察部隊による街の調査は、ログポーズが溜まる日数を確認するため、だけでなく、街の安全性を測るためにも、島に降りるたびに毎回欠かさず行われてきたものだった。
事前の調査で「黒」と出れば、街での行動は必要最小限に抑え、ログが溜まり次第さっさと逃げる。
少なからず海賊は容易に命を狙われるものだったし、何しろうちは億超えの賞金首を抱えた一味なのだ。
船長のわがままにいちいち付き合っていれば、命がいくつあっても足りないのだった。

 

利口な航海士は、腕を組んでしばらく何かを考え込んでいた。
そしておもむろに顔をあげると、誰が見ても「ろくでもないこと」を思いついた表情で、まっすぐに外科医を見つめて宣った。

 

「子守りは、トラ男くんに、任せましょう。」

 

 

船長の興味はすでにがっちりと、遠くの喧噪に捕らえられているようだった。
その斜め後ろを歩くローは、不機嫌、とも受け取れる表情を浮かべて、スタスタと船長のあとに続く。
能力者がなんとか、とか、覇気がどうの、とか、あの女は言っていたような気がする。
要するに、一味の手に余っているらしい面倒ごとを、半ば無理矢理押し付けられたわけだったが、特に何をする用事もなかったローは、素直にその言葉に従った。

 

それに。

 

なんとなく、興味があったのだ。

 

突き抜けるような自由奔放さも、屈託なく笑ってのける満面の笑みも。
2年前、心と体をぼろぼろに壊しながらも守った、あの強い信念を見てから、ローは密かに、麦わらのことが気にかかっていた。
特にこの船に同船してからというもの、ちょこまかと忙しなく動き回る船長から、なんとなくいつも、視線を離せなくなっていたのだった。

 

頭のいい、外科医のことである。
ものを知っているということは、自分がいかに「知らないか」を知っている、ということだ。
自分の船の船員たちからは、「無駄な研究者体質」と呆れられるその特性が、麦わらの笑顔に、強く反応していた。

 

——これは、俺の“知らない”ものだ・・・。


そういうわけで、自らの「研究」のためにも船長に同行した外科医は、相変わらず無邪気にはしゃぐ後ろ姿を、いつもの仏頂面で見るともなく眺めていた。
その視線に気づいた船長が、ローをじいっと見つめ返す。
目を逸らすこともないままに見つめ合う形になったふたりの間に流れる空気を、いったいどう受け取ったのか、船長は殊更うれしそうに歯を見せ、ローににししと笑いかけた。

 

「よし、トラ男!行こう!」

 

 

街から抜ける細い道を、まっすぐに丘の方へと上っていく。
すれ違う人々の頬は心なしか上気して、浮き足立った気分の高揚が、あたりに充満しているようだった。
小脇にずらりと並んだ灯籠が、細い坂を上りきった先に神社があるということを、示している。
親に手をひかれた小さな子供たち。その手にぶらさげられているのは、夕日よりも真っ赤に光る、金魚だ。

 

「あ、トラ男!なんか、いい匂いすんぞ!」

 

ドンチャン、ドンチャン、と、不安定なリズムが辺りを包む。
太鼓が刻む大味な主旋律と、そこに絡まる甲高い鐘の音。

 

——これは、・・・「縁日」だな。

 

くんくんと動物のように鼻をひくつかせていた船長が、今すぐにでもここから走り去ろうと身構えた瞬間に、ローはその頭をぐいと押さえつける。

 

「いててて、おいトラ男!なにすんだ!」
「なに勝手に行動しようとしている。」
「いいじゃねぇか!俺は肉が食べたいんだ!なんだこの匂い、うまそうだなぁ・・・!どんな肉だぁ・・・!」

 

船長の両目が、骨付き肉をかたどってキラキラと輝いている。

これはおそらく、「イカ焼き」の匂いだ。
ローは、船長の言うところのうまそうな肉のにおいの源泉を、そう結論づける。
匂いが呼び起こしたのか、ノースにいた幼い頃の記憶が、ローの脳裏にふわりと、蘇ってくる。
小さな白い指が差した先には、美味しそうに焼かれたイカ足が、ぶすりと串に刺されてたくさん並べてあったはずだ。
今よりも隈の薄い瞳で見上げれば、大きくごつごつした掌と、それに包まれた小さな自分の手。

 

——・・・俺は、誰の手を、握っていたのだろう・・・?


「なぁトラ男、これ、買っていいか?」

 

はっと我に返ったローの視線が、船長のガキのようにキラキラと澄んだ眼差しにぶつかった。
思いもかけず出会ったその強い瞳に、一瞬、吸い込まれそうな感覚を抱いてぎょっとする。

 

なんだ?・・・これは。
 

久しぶりに、昔のことなど思い出したからだろうか。

外科医の優秀な思考回路が、ほんの僅かに正解をはずしていく。


 

船長の指差した先には、いい具合に焼かれたイカ焼きが3本。
てらてらとうまそうに光って、来るものの胃袋をそそっていた。

 

「まぁ、・・・いいんじゃねぇか。」

 

ローは一瞬のうちに、脳内でくるくると計算をはじき、すでに食べる気満々でよだれを垂らすルフィに、承諾の言葉をかけた。
頼まれもしないのに、人の船のお財布事情にまでいちいち頭をまわしてしまうのは、もはや船長職の性といったところか・・・。

 

そんなことをつらつらと考えるわずか数秒のうちに、麦わらの船長はバクバクと、3本のイカ足を食べきってしまっていた。
目にも留まらぬ早さである。いったい、どういう胃袋をしているのだ。

 

「よう、いい食いっぷりだな兄ちゃん!後ろのそいつァ、手下か何かかい?」

 

屋台のおやじが、上機嫌で声をかける。
手際よく並べられていくイカ足を見遣ったローが、船長の手が伸びる前にここから離れようと、その首根っこを掴んだときだった。

 


「違ぇよおっさん。上でも下でもねぇ。こいつは、俺の隣にいなきゃいけねぇヤツなんだ。」



普段のそれより幾分か低い声色が、ほんの一瞬、うっすらと凄みを帯びる。
思いがけなく届いた言葉に、ローの心臓はなぜか、ドキリと大きく脈を打った。

「え?」と不思議そうな顔を向けた屋台のおやじに、打って変わって心底嬉しげな笑顔を零した船長は、にししし!と屈託なく笑いながら、くるりと後ろを振り返る。

 

「そうだよな、ロー!」


いただきます!と言うが早いか、びよんと伸ばされた船長の手が、ローの制止もむなしくイカ焼きに到達する。
1本、800ベリー。
これでまた、航海士の雷が落ちるのだろう。

 

何遍やっても、懲りないやつだ。

 

やれやれとため息をついた外科医の目元はしかし、心なしか、ほんの微かに綻んでいる。

 

——ただ知りたい、それだけじゃあ、なかったのか・・・。

 

船長は相変わらず鼻をひくつかせ、次の店へとふらふら足を伸ばしていく。
その斜め後ろからスタスタとついて歩く、もうひとりの船長は、もぐもぐとイカの足をほおばりながら、たった今気づいた自分の感情に、甘ったるい名前をつけ終えたところだった。
そして、口の周りについた甘いタレをペロリと舐めとってから、「ろくでもないこと」を算段している表情で、次の一手を思案しはじめたのであった。

 



―――――――

 


(2)剣士とコックと船長たち

 

 

「・・・んでよりにもよって、てめェと一緒なんだよ。」
「あァ?知らねぇよ、てめェが選んだんだろうが。」
「るせぇ!状況的にてめぇしか残ってなかったんだよ!あ~・・・なにが楽しくて、マリモなんかと・・・」

 

心の底からうなだれたような声が、ほこりっぽい風とともに、細い坂道を転がり落ちていく。
山の端に沈みきる直前の太陽は、辺り一面を美しいオレンジ色に染め上げる。
両手に大量の荷物を抱えたコックは、本日何度目かのため息をつきながら、長い坂道を上っているところだった。

 

「だから、俺はひとりで船に帰るって言ってんだろうが。」
「はぁ?!ばかいえ、ログは明日には溜まんだぞ。迷子のマリモの帰りを待ってたら、1週間あっても足りねぇよ。」
「あァ?!んだと!」
「いいから、黙ってついて来いアホマリモ。」
「だからどこに、」
「くれぐれも言っておくが、俺はホントは、ナミさんやロビンちゃんと来たかったんだからな!」

 

コックの、意味のわからない言い分に、わからないながらもカチンと来た剣士は、その傍らで大きく舌打ちをうつ。
そのわかりやすい不機嫌アピールにチラリと一瞥をくれたコックは、こちらも負けていないとばかりに大きくひとつため息をつくと、そのまま何も答えずひたすらに坂道を上っていく。

 

 

 

今日の買い出しは、いつもより多めに食材を仕入れる予定になっていた。
何しろ前の島から、一時的にとはいえ3人も、乗組員が増えていたのである。
しかも、そのうちひとりはやたらに好き嫌いが多いし、ひとりは育ち盛りのガキときた。

 

提供する料理の量が増えれば、当然それに伴って、扱う食材も増えていく。

かかる材料費と仕入れる品物をざっと計算したコックは、今日の買い出し分はひとりで抱えられないと踏んで、早速男どもに手伝いを頼んでまわった。

しかし、フランキーは船番で、ブルックは楽器調整のため街のはずれに出かける予定が入っている。
ルフィとローは早々に街の喧噪へと消えていったし、頼みのウソップは、さらなる秘密兵器を思いついたとかなんとかで、部屋にこもりきりになってしまっていた。

 

要するに、残っていなかったのだ、こいつしか。

 

背に腹は変えられぬと、散々悪態をつきながら、マリモを船外に連れ出した。
いくら不可抗力とはいえ、誘ったのは自分だというのに、どうやらその事実にすらイライラしているようだった。
剣士にすれば随分と理不尽なことなのだが、ある意味見慣れたいつもどおりの光景だ。特段、いつも以上の意味をもつこともない。
半分は耳を塞ぎながら、もう半分は今か今かと斬るタイミングをうかがいながら、剣士のほうもいつもどおりに、コックの任務に付き合い終わった。

食材も揃ったし、予算も余ったし、おかげで今日の晩飯には自分の好物が並ぶのだろうと、経験則で測った剣士が、帰路につこうと船とは逆方向に体を向けたときだった。

 

「あ~・・・おいマリモ、ちょっと、・・・付き合え。」

 

微かに言いづらそうに目を背けたコックが、おずおず、といった風に言葉を濁した。

 

 

 

「ほい、着いたぞ。」

 

店先に灯った提灯の灯りが、ポンポンと並んで夏の雑多な夜を彩っていた。
熱気を含んだ空気に、人々のざわめきが心地よくとけ込んでいく。

 

「おう、縁日か。」
「そ。街の人たちがやたらと浮き足立ってたからさ。金魚もってうろうろしてるガキ見てたら、なんかこう、足が向いたというか・・・」

 

金糸をぽりぽりと掻きながら、僅かに目をそらす。
罰が悪そうな表情は、無意識なのだろう。

 

「いや、さ、今日はもう、晩の仕込みも終わってるし、・・・」
 

何やらもごもごと言い訳を繰り広げるコックを、剣士は興味半分で見つめている。

ったく、このツンデレ野郎。それならそうと、素直に誘えばいいものを・・・

剣士は内心で響いたその声を、ぐっと胸の底に押し込める。
口に出せば、真っ赤な顔のコックから、強烈な足技が飛んでくるのが目に見えていた。

 

——・・・まぁ、それはそれで、愛らしいんだけどな。

 

ついでにこれも、押し込めておこう。
夜はまだ、これからだ。

 



「なぁゾロ。縁日って、どういう日か知ってっか?」

 

ぶらぶらと店先をのぞいているうちに、どことなくご機嫌になってきたコックが、剣士に向かって声をかける。
賑やかな祭りの雰囲気が、少し離れて歩くふたりの、照れ隠しの間合いを満たしていく。

 

「いや、・・・知らねぇな。」

 

予想通りの答えだったのか、ガキのようにニカっと歯を見せたコックの横顔に、剣士の頬が自然と緩む。
 

「はは、だろうな!」
 

何がそんなに嬉しいのか、ケラケラと腹に手を当てて笑いを零す。

 

ったく、アホが余計に目立つだろうが。
・・・んなカオ、他のヤツの前で見せるんじゃねぇぞ。

 

剣士の微妙な胸の内も知らずに、コックはさも得意げに、次々と言葉を紡いでいく。

 

「あのな、参拝ってあるだろ。神様からご利益をいただく、あれな。あれの何倍も何百倍も功徳を積める、っつぅのが“縁日”なんだぜ。昔の人も、考えたもんだよなぁ、さすがに毎日じゃあ、通えねぇ日もあるもんな。んじゃぁいっそ、ご利益のある日を作っちまって、まとめて拝んだらいいじゃねぇかだなんて、思ったんだろうなぁ・・・!」

 

いたずらを見つけた子どものように、キラキラと瞳を輝かせている。

 

「それぞれの偉い神様に、日にちが割り当てられてるんだ。んでちなみに今月、7月10日は、そのなかでも特別な縁日なんだぜ。なんと、ご利益4万6千倍!神様も、大盤振る舞いの日なわけよ。」

「そりゃまた、・・・破格、だな。」

 

ご利益って、そんな安売りしていいものなのか?

ゾロは内心で小首を傾げるが、目の前であんまり嬉しそうに笑う男を見遣って、まぁ、たまにはいいか、と思い至る。
そもそも、神仏などこれっぽっちも信じていないのだから、こんな日ばかり熱心に祈ったところで、なんのご利益もないのだろう。

 

 

俺は、目の前で笑うこいつの、憎たらしい笑顔が見れりゃぁ、それでいい。

 

 

ふと、あたたかい明かりが、剣士の胸に灯っていく。


「なぁマリモ、ほおずきって、見たことあるか?」

 

そんな剣士の微妙な変化にもお構いなく、なおも言葉を続けるサンジに、剣士は「否」の目配せをする。
・・・ほおづき?

 

「その、7月10日に合わせて開かれる縁日に、ほおづき市ってのがあるんだ。食用じゃねぇけどな。心臓のような形の皮のなかに、オレンジ色の堅い実がちょこんと包まれてる植物だ。」

 

なるほどそういえばさっきから、やたらと植物を売る店が多いなと、剣士は思っていたところだった。
こんな祭りの場で植木鉢を売って、果たして売り上げはあるのだろうかなどと頭の片隅で心配のひとつも打ってみる。
しかしそれは、いらぬお節介だったらしい。縁日とやらに便乗した、うまい商売だったのか。

 

「なんか、マリモみてぇだよな。」

 

思わぬ言葉が耳に届いて、剣士は訝しげに、サンジを見遣る。
なに?皮の剥けてねぇヤツだとでも言いてぇのか?それだったらコックの方が、・・・

 

「普段は絶対見せねぇくせに、その実、胸の中心には、固い信念を隠し持ってやがる。」

 

下世話な剣士の想像を遮って、きっぱりとした口調で、言い切った。
どうやら、猥談ではないようだ。

 

「だけど、てめぇの本当の中身を知ってんのは、俺だけだぜ、ゾロ。」

 

ドヤ顔で言い放ったサンジの、無邪気な瞳を見つめ返す。
一瞬ドキリと熱を持った心臓が、そのまま体の中心で、大きくいちど脈打った。

 


なんだ、・・・愛されてんだな。俺。

 


剣士はニヤリと、口元を緩める。

 

心配すんな、クソコック。
てめぇの中身を、いちばん深く知ってんのは、他でもねェこの俺だ。

 

「・・・両方の意味でな。」
「あ?」

 

突然の発言にぽかんと口を開けたコックの、華奢な手をさっと引いて、境内の裏手にまわる。
呆気に取られていたコックが、抱すくめる剣士の瞳に滲んだ欲情を捉えて、はっと我に返る。
慌てて小さく罵声を吐きながら、身をよじったコックの抵抗は、単にゾロを煽っただけに過ぎなかった。

 

「・・・っ、ふ・・ぁ、」

 

重ねた唇の隙間から、堪えきれずに漏れた甘い吐息が、遠くの喧噪にかき消されていく。
上目遣いに見上げたサンジの、潤んだ瞳を捉えたゾロの太い腰が、ずくんと甘く深く疼いた。

 

やべェ、止まれる自信が、・・・っ

 

 


と、いきなり、近くの草むらがガサガサと鳴いた。
それでもなお行為を続けようと腕に力を込めたゾロを、思い切り蹴り飛ばしたサンジは、慌てて乱れたシャツを直しながら、そちらの方向に目を凝らす。

背の高く生い茂った雑草が、ガサゴソと揺れる。
深い草むらをかき分けるように現れたのは、ゾロとサンジもよく見知ったカオ…自分たちの船の船長と、客人の外科医という、2人組だった。


「あ、・・・おいルフィじゃねぇか。こんなところで何してやがる。」

 

自分たちこそ完全に不自然な様子でこの場にいるのだが、あえて触れずに質問を投げる。
隣のマリモが必要以上に仏頂面なのは、途中で邪魔されたのが不服だったからだろう。
・・・バカ野郎、こんな外で、させるかよ!

 

「おうサンジぃ!お前らも縁日か?」
「あ、あぁ。買い物が終わって、時間が余ったからよ。ところでてめぇは、こんなところでトラ男と連れ立って、いったい何を・・・?」
「縁日って、うんめぇのな!すげぇんだ、甘い肉みてぇな喰いモンがあってな!こう、足が一杯あって、」
「そりゃイカ焼きだろう、肉じゃねぇぞ。」
「どっちでもいい!うめぇから!そんで、もっと美味いモンがあるって、トラ男が言うからこっちまで来てみたんだけどよう、店屋が見あたらねぇんだ・・・。」

 

心底残念そうに、口を尖らせた船長の言葉を飲み込んでから、サンジは外科医をじろりと見竦めた。
こんな喧噪の端っこに、店屋なんてないことくらい、こいつはわかりきっているはずだ。

 

「・・・おい、外科医。てめぇ・・・うちの船長に、変なこと教え込むんじゃねぇぞ・・・。」
「・・何の話だ、黒足屋。」

 

ぎろりと睨みつけたままのコックは、船長の不思議そうな視線から逃れるように、じりりと外科医ににじり寄る。

 

「おいトラ男、下手すると、てめぇうちの船にいられなくなんぞ。」
「言っている意味がわからねぇ。」
「バカ、俺は咎めてるわけじゃねぇ。とにかく聞け。あいつは、てめぇも知っての通り、常識の通じる相手じゃねぇんだ。そもそも隠すとか、我慢するとか、そういう概念があいつの辞書に載ってるかが甚だ疑問だ。どうせ童貞なんだろうし、ここで下手に気持ちよくさせてみろ、あいつがどれだけそれを、みんなの前で自慢したいか・・・」
「・・・っ!」
「・・・な?今日のことは黙っといてやるから、悪ぃことは言わねぇ、ちゃんと順序ってもんを、」
「おいサンジ!なにこそこそ話してやがる!トラ男は俺のモンだぞ!!」

 

間に割って入ってきた船長が、堂々とそんな言葉を叫び上げる。
こいつ、それが今、どれだけ外科医に響くのか、その重みもわからってねぇくせによくもまぁ・・・
天然タラし野郎の隣で、にやりと笑った外科医の表情が、胸に痛い。

 

「大丈夫だ、ルフィ。」

 

ことの成り行きを静観していた剣士が、ふいに口を開いた。
その瞳が、なぜかぎらりと光った気がする。

 

「サンジは、俺のもんだ。トラ男なんかにやりゃしねぇよ。」
「おぉ!ゾロ、お前しっかり見張っとけよ!」

 

なっ、・・・こいつ・・・!

 

もはや次の言葉も紡ぎだせず、唖然と口を開いたコックの首根っこを掴んで、剣士はさらなる暗がりへと歩を進める。

 

「お、おいゾロ、待てってそっちは、・・・っ」
「駄目だ。待たねぇ。・・・てめぇさっき、あいつと何話してやがった。」
「はぁ?!・・・あァてめぇ、妬いてんのか・・・ったく面倒くせぇな・・・」
「んだと?!・・おい、俺を妬かせたお仕置きだ。今日はこのまま船には戻らねぇ。」
「あぁ?!ばか言ってんじゃ、ッん・・、お、おいまだあいつらが・・・」
「構わねぇ。それとも、・・・もっと見せたいか?」
「そういうんじゃねぇよ!俺はただ、っん、は・・・っん、・・・・・あッ」

 

外科医は、去っていく2人の気配に一瞥をくれると、ルフィの耳を後ろから塞ぎ、別の方向へと進路を取った。
船長相手の口止め工作など、肉でも使えばどうとでもなるだろう。
だいいち、黒足は少々、こういうことに潔癖すぎるのだ。

 

——・・・苦労するな、あっちの旦那も。

 

再びわけもなく他所の事情を思いやってから、船長の方に向き直る。
船長は、後ろから耳を塞がれたまま、不思議そうにこちらを見上げている。
辺りの熱気に上気した頬が、なんだか妙に、色っぽい。


それより、今は。


「ん?なんだトラ男。こっちに肉があんのか?」
「あぁ。」

 

瞬時にして嬉しそうに輝いたルフィの笑顔を見遣って、ローはニヤリと口元を歪めた。
繋がりゃわかることだって、あるだろう?黒足屋。

 

遠くの河川敷から、大きな花火があがりはじめる音が届く。

 

夜はまだ、長い。
肉でも、なんでも、今夜は好きなだけ、てめぇに“いいもの”喰わせてやる。

 

「いいか、麦わら屋。今夜は俺の、・・・とっておきだ。」

 


( 完 )

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