たんぽぽの舞う、海に Since 2013
* ゾロサン 中心、OP二次創作小説サイト。 たんぽぽの舞う海に、ようこそ *
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まなざしの向こう側
広く晴れ渡る空の色を、そのまま溶かし込んだかのような、真っ青な海。
たっぷりと膨らんだ白い雲が夏の季節を思わせ、大きく雄大にうねる波は、船を心地よく揺らしている。
太陽に祝福された甲板には、だらりとした眠気を誘う、気だるい空気が漂う。
その明るい広場はつい先程まで、船員たちの軽やかな笑い声に包まれていた。
麦わら海賊団恒例の、おやつの時間。
金色コックの作る絶品スイーツが、今日も船員たちのお腹と心を満たしている。
キッチンでは当のコックが、丁寧な手つきでコーヒーを淹れていた。
ゆっくりと時間をかけて挽かれたコーヒー豆の層を通って、コポコポとお湯が滴る。
ぽとりぽとりと落ちた焦げ茶色の液体が量を増すほどに、それはふわふわと芳ばしい香りを立てた。
夏のような、眩しい午後。
キッチンに差し込む日差しが、大木で作られた美しいテーブルの陰影を、色濃く映し出している。
「サンジぃ、喉渇いちまった。俺にもなんか飲ませろよう。」
小さな船医がドアをカチャリと開け、ひょっこり顔を出す。
コックはその姿を確認し、ニコッと優しく微笑むと、大きな冷蔵庫に顔をうずめた。
「そうだな、レモン風味の冷たい飲み物なんてどうだ?」
「いいな!うまそうだ!簡単なやつでいいぞ。ありがとうサンジ!」
「おぉ、ちっと待っとれや。」
パステルカラーのレモンをひとつ取り出したコックは、瑞々しい果汁をあたりに散らしながら、さくさくとナイフを進めていく。
新鮮な果物特有の、匂い立つ爽やかな酸味が、キッチンいっぱいに広がっていく。
“人”よりいくぶんか嗅覚の優れた船医は、くんくんと鼻奥までいっぱいに、その香りを吸い込む。
「いい匂いだなぁ~!夏みてぇだ。」
「そうだろ?こないだ島に寄ったときに、買っといたんだ。料理には、季節感も大事だからな。」
コックは、美しく切りそろえられたパステルイエローを丁寧にお皿に並べ、冷蔵庫の温度を少し下げてから、きんと冷やしはじめた。
その間に、多めの氷と柑橘系の果物、さらにいくつかの甘い調味料を、ジューサーで一気にひとまとめにする。
「ほらよ。コック特性のトロピカルジュースだ。レモンはあとから絞るといいぜ。味が変わってスッキリすっからよ。」
船医の心底嬉しそうな笑顔を横目に、コックはコーヒー作りの仕上げにかかる。
バニラのような甘い香りのする灰色の粉末を、ぱらぱらとほんの少しだけ、焦げ茶色の液体に溶かし込む。
こういうフレーバー系の隠し味は、分量が多くても少なくても、ただの邪魔になってしまうのだ。何気ない手つきで、しかし慎重に、その量を見極める。
コーヒーがほのかに、甘ったるく香りはじめる。
粗熱を十分に取ってからグラスに注ぎ入れると、カランと音を立てて、氷が身じろぎした
「ちょっとこれ、届けてくるわ。」
金色のコックは、なみなみと水面の揺れるグラスをトレーに乗せ、ひょいと器用に頭上に持ち上げると、甲板へ向けて歩を進める。
甲板では、ひとりの男が無心に剣を磨いているところだった。
緑アタマの剣士は、綿のついた細い棒や、ヤスリのような紙、いくつかの研磨剤を無造作に床に並べ、時折その刃をキラキラと陽の光に透かしている。
皮肉屋の剣士と負けず嫌いのコックは、いつでも罵り合ってばかりだったが、剣士の見せる剣術の腕は、コックも密かに認めるところだった。
動と静が組み合わされた剣技は、どんな攻撃を受けてもその頑強さを変えず、なおも立ち上がろうともがく敵の野心を、ことごとく粉々に打ち砕いてきた。
鋼鉄すらすっぱりと斬り裂くその剣使いだが、ただ力づくで振ればよいというわけではないのであろう。
「信念」を背負い、なにものの前でも怯まないその心意気に触れるたび、サンジの心はぞくりと掻き立てられる。
剣を磨く真剣な横顔は、野獣というよりも、職人のそれだ。
料理を生涯の生業とするコックにも、その鋭い感性は、よく理解ができた。
緑アタマの剣士は、コックにも気づかず、一心に刃を整えている。
少し離れたところからそれを見守るコックの、煙草を咥えた口元が、いつのまにかふわっと緩む。
あんな、脇目もふらずに。
・・・ありゃあまるで、子どもだな。
さきほど感じた「職人」という質実剛健な印象とは裏腹の、ずいぶんと幼いイメージが、甲板にどかりと胡座をかいた大柄な剣士に重なる。
しかし、何かを突き詰める者というのは、案外そういう具合なのかもしれなかった。
ずば抜けた強さと、子供じみたまっすぐさと。
そういえばコックの敬愛する師匠もまた、同じような資質を持ち合わせた、「強い」人だった。
「コーヒー、淹れたぞ。」
そう声をかけようと、甲板に踏み出したコックは軽やかに、息を吸い込んだ。
その刹那。
緑アタマの視線がふと、船の先端に向けられたことに、コックは気づく。
視線の先にあるのは、マスコットの上で気持ちよさそうに寝そべった、船長の姿だった。
警戒心のかけらもない様子で、大口を開けて昼寝を貪っている。
ふくらんだ腹は満腹の様相を表していたし、大きな鼻ちょうちんは器用に鼻先で膨らみを繰り返していた。
いつもどおりの、風景。
緑アタマに目を戻す。
剣士はそれを、見るともなくそっと見つめている。
そして、おそらく本人すら気づいていないくらいの、微かな甘さで。
わたあめのように、ふわりと、優しく微笑んだ。
ほころんだ目元には、友情とも、忠誠とも、愛情ともつかない特別な感情が、わずかながら確実に、滲んでいる。
サンジは思わず、ふいと目をそらす。
――・・・見てしまった。
頭にグラスを乗せたコックは、そのまま音も立てずに、キッチンに舞い戻った。
「サンジそれ、捨てるのか?」
ジャアジャアと流れる水音に、小さな船医の間の抜けた声が重なる。
コックはコーヒーを右手に持ったまま、無意味に流れ続ける透明な水を見つめている。
「飲まねぇなら、俺が飲むぞ。」
そう言った船医の屈託のない顔を見遣ったコックは、寂しそうに笑って、グラスを船医に手渡した。
「どうした?腹でも痛ぇのか?」
不思議そうに見上げる低い視線と、同じところまでしゃがみこんだコックは、わしわしとその柔らかい頭をなでてから、ふっと立ち上がる。
「・・・サンジ?」
「なぁチョッパー、俺、・・・病気、かなぁ・・・。」
ぽたりぽたりと滴り落ちる、塩気を含んだ水滴が、曇りなく磨かれた床に綺麗な水玉模様を描く。
時間が止まったキッチンのなかで、それは音もなく、ただただゆっくりと乾いていくのであった。
( 完 )