たんぽぽの舞う、海に Since 2013
* ゾロサン 中心、OP二次創作小説サイト。 たんぽぽの舞う海に、ようこそ *
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鍵穴の、秘め事
この船に乗り込んで、12日目。
Jは、底抜けに愉快で豪快で、それでいてどこか能天気な一味にさんざんもてなされ、残り僅かな船旅を名残惜しんでいた。
海賊に助けられたことは、Jにとっては想定外のできごとだった。
かつて、同属の人間たちの手によって親を失ったJは、ただっ広い大海原の中から助け出された当初、憎しみと飢餓の間で酷く揺れ動いた。
しかしそんな複雑な心情などお構いなしに、全力で愛を与えてくれたこの優しい海賊たちに、Jは少なからず、親しみを感じつつあったのだった。
長い廊下の途中、緩く閉じられた扉の隙間から、不規則な間隔を保って、抑えられたような音が漏れ聴こえてくる。
夜の海は凪いで、いつもに増して静かな夜である。
喉の渇きを覚えてキッチンへと向かったJは、その道すがらに耳にした不思議な響きに、思わずふと足を止めた。
「・・・っ、ん・・・・あ、っ・・・・」
それが、夜な夜な繰り返される情事の音色だということに気付くまでに、そんなに時間はかからなかった。
ぎょっとしたJはすぐに、その場を立ち去ろうと、回れ右をした。
もちろん、長く航海を続けている仲間たちだ。そういう関係の者がいることは、別段不思議なことではなかった。
Jとて、それなりにいろいろなことを経験してきた、大人の女性である。
今さらこういう場面に出くわしたところで、いちいち詮索したがるような、無粋な生き方はして来ていない。
飲み物は諦めて部屋に戻ろうと、一歩を踏み出したそのときだった。
その耳に、特別、甘い声が届いた。
「っ・・・も、・・・だ・・・っ、ゾロ・・・っ!」
その声は紛れもなく、この船のジェントルコック、サンジのものだった。
もうだめかと、何度も思った。
海から引き上げられたその日、助かったと喜びがあふれ出したのもつかの間、乗り込んだ船が海賊船であるということに、Jの心は大きなショックを受けていた。
顔に傷のある、横暴で巨大な男たちに、引きずられるように両親が連れて行かれるその後姿を、Jはこれまで1日たりとも、忘れたことはない。
海賊は、怖い。海賊は、悪い。海賊は、憎い。
そうやって、警戒に全身を硬くしていたJに、優しく微笑んで暖かいスープを出してくれたのが、サンジだった。
後から思えば、ただの女好きだったのだろう。
しかし、緊張で体中を硬直させて震えていたJにとって、その笑顔とあたたかいスープは、生きる希望であり、命そのものだった。
それ以来Jは、なんとなく目の端で、金色の髪の毛を追いかけるようになっていた。
恋、と呼べるほど確かなものではない。
一目で恋に堕ちられるほど、瑞々しい恋愛はして来なかったし、叶わぬ想いを抱えていられるほど、強い女でもなかった。
それに。
誰かを愛して傷つくのは、もう、嫌だったのだ。
僅か半月ほどで、この船は、去ることになるのだから。
だけど、ほんの少しだけ・・・。
あの暖かい眼差しを抱いて眠る日があることを、Jはひとり、自分に許した。
名前もつかない淡い想いが、Jの胸の中でドクリと脈打つ。
先ほどから零れ落ちるため息は、間違いなく、あの、サンジのものだった。
でも今、誰の名前・・・?
Jは、固まったように、その場を動けない。
「だ、・・・・っもう、・・ゾロ・・・っ、やべぇ、・・イく・・・・っ!」
いっそう甘く響いた矯正が、サンジが頂点に達したことを明示した。
途切れ途切れに聴こえてくるのはやはり、あの仏頂面の、剣士の名前だ。
間違いない。
顔を合わせるたびいがみ合うふたりが、その実深いところで強く結ばれていることに、Jはこの船に乗り込んですぐ、気づいていた。
それにしても、まさか、こういうことだったとは・・・。
「おい、誰がいる。」
部屋から響いた低い声に、Jはぎくりと凍りついた。
音を立てた覚えもないのに、それはまるで、こちら側を全て見透かしているかのような声だった。
耳元で心臓が、ドクドクと煩く鳴っている。
「おいマリモ、この気配はレディだろ。んな怖ぇ声出してんじゃねぇよ。」
「うっせぇ。覗きたぁ悪趣味だ。」
「ばっか、だからっててめぇ、そんな威嚇してちゃ出て来れるわけねぇだろうが。・・・かわいいかわいい子猫ちゃん、入っておいで?俺たちも、謝りたいんだ。」
「んで謝んだよ。」
「てめぇなぁ・・・、いくらオトナのレディとはいえ、野郎がヤってんだぜ?聞きたかねぇだろ、こんなもん。」
「知らん、勝手に盗み聞きしてたのは向こうじゃねぇか。」
「はいはい、っせぇな・・・。・・入ってこれない?・・・Jちゃん?」
不意に呼ばれた自分の名前に、心臓がドクンと飛び跳ねた。
気付かれている。
意図的にではないにしろ、立ち聞きをしてしまったことは、事実である。
謝らないといけないのは、自分の方だ。
だけど・・・
予期しなかった事態に動揺を隠せず、しばらくその場で逡巡していたJは、かといってその場から立ち去ることもできず、ついには観念して、扉の中へと足を踏み入れたのだった。
「・・・ふん、盗み聞きたぁ、いい度胸だな。」
「おいマリモ!やめろその言い方。仕方ねぇじゃねぇか、たまたまだろ。なぁ、Jちゃん?」
首を大きく縦にふる。
目の前では、着流しの肩を半分落として目をぎらつかせる剣士が、薄い毛布にくるまったサンジを、後ろからしっかり抱きすくめている。
汗と僅かな体液のにおいが、空気に溶けて欲情を滲ませていた。
「どうだか。・・・てめぇあれだろ、コックの声に欲情してんだろ?」
「ばか野郎!!んでそんな言い方しかできねぇんだてめぇは!」
「いいだろ、Jだって、まんざらでもなさそうじゃねぇか。」
「あほかてめぇ!!ちょっと邪魔されたからって、子どもみてぇに喚くんじゃねぇよ!」
「てめぇこそ、覗かれて興奮しやがって。・・・気付いてたんだろ?」
「・・・っ!!ばっ、・・ち、違ぇよクソマリモ!!」
サンジが身をよじって、座ったままで足技を繰り出す。
それをひょいと避けた剣士は、ぎろりとこちらに、視線を寄越した。
「どっちでもいいがな、J。俺は今、途中なんだ。説明するのも、面倒臭ぇ。てめぇなら、見て、わかんだろ?謝りてぇなら、手ぇ貸せ。・・・ちょっと鍵閉めろ。」
言われるがままに、重い内鍵をがちゃりと落とす。
「よし。できるじゃねぇかJ。」
「っおい!マリモてめぇ、何する気、」
「黙れ。」
そう凄んだ剣士は、いきなりサンジを床へと押さえ込んだ。
じたばたと抵抗するサンジの、毛布がするりとはだけて、白い肌がのぞく。
その首筋に、幾箇所もの赤みが残っているのが目に留まり、そのままじっと、目が離せない。
「お、おい、離せっ・・、Jちゃん見てんだろうが!」
「だからヤるんじゃねぇか。」
「は、意味わかんね、」
「説明が面倒だっつったろ。・・・見せた方が早ぇ。」
「っはぁ?!!!何言っ、んんっ・・・!」
じたばたともがくサンジの抵抗を、強引な口付けでねじ伏せる。
重ねられた唇から、零れるように、甘い吐息が堕ちる。
それでも何とか身をよじるサンジは、確かにこちらを気にしているのだが、それが逆に、ゾロの欲情を煽っていることに気付いていない。
「だ、・・・っめだって、ゾロ・・ッん、・・っ」
剣士の太い指が、線の細い体の輪郭をなぞっている。
野獣のような息遣いからは想像できない、その丁寧な指運びに、Jの中心がぞくりと泡立つ。
「あぁ?・・・んなカオでよく言えたな。」
「・・・んだって?」
「てめぇ・・・、見られて、感じてんだろ。」
「は、違っ、」
「じゃあ、なんだ、これは?」
いきり立った熱情を、その掌に含む。
「ッあ、・・っ」
「ついさっきイきやがったくせに。・・・そんなにイイかよ。」
「ッ・・・ば、ばか、そんなんじゃ、」
「素直になれよ、サンジ・・・っ!」
身震いするような剣士の低音が、狭い部屋に共鳴する。
サンジは目を見開くと、一瞬、その体から力を抜いたようだった。
その隙をついて、剣士の欲情の塊が、いっきに奥まで突き上げられる。
「ッあぁ・・・!っはぁ、んんッ・・・ぁ、んン・・・っ!」
「・・・ッく、相変わらず、・・・きちぃな、・・・っ」
「んん、ゾ、っ・・・あぁッゾロ!・・・っやべぇ、も、・・・ッ!」
「ッ・・・イけよ、おら。てめぇのそのイイカオ、・・・見せてやれよ・・・っ!」
悔しげに瞳を潤ませたサンジが、苦しそうにJを振り返る。
のけぞった白い喉元に、どうしようもない色香が滲み出しているのを見止めると、Jは堪らずぺたりとその場に座り込んだ。
「っ・・・ごめ、ん・・・ごめん、Jちゃ・・・こんな、とこ、っ・・・んんッ、ぁ、やべイっ・・・だめ、Jちゃんが、・・・あっ、イっ、・・く!ッ・・・ごめ、・・なJ、っあぁっんン・・・っあァっっ!!」
「く・・・・・・ッ!!」
切なげに訴える瞳がJから逸らされた瞬間、ふたりは同時に、全てを放った。
狭い部屋に、荒い息遣いが響いている。
Jは熱くほてった頬を押さえて、目の前でだらりと覆いかぶさるふたりを、ぼんやりと見つめていた。
「っ・・・はぁ、・・・おい、J。俺たちは、・・・そういうことだ。わかったな。」
剣士の鈍くくぐもった声が、Jの理解を促している。
Jはこくりと、小さく首を縦に振る。
「よし。おまえは、賢ぇな。」
「・・・ゾロ、・・・てめぇ・・・っ!」
力なく横たわったまま、サンジが剣士を睨み付ける。
絞り出された声は怒りに濡れていたが、その瞳の中に微かに灯る愛情に、Jはチラリと一瞥をくれた。
「悪ぃな、J。今夜は、抱いてやれねぇ。」
「ばかやろう!!誰がマリモなんかに頼むか!!」
「あ?・・・コックが欲しいか?悪いが、先約はこっちだ。ひとりで頑張れ。」
「ばっ・・!!てめぇレディになんてこと!!!」
いつものやり取りを耳にしながら、ほこりを払って立ち上がる。
小さく漏らしたため息は、納得だったか、諦観だったか・・・。
この船を共にするのも、あと3日。
毎朝キッチンで繰り広げられる罵り合いを、さて明日から私は、どんな目で見るのだろう・・・。
夜の海は相変わらず静かに凪いで、月の光をキラキラとただ、反射させている。
海賊船は今日もたくさんの夢を乗せ、それぞれのゴールへと、優雅に舵を切っていく。
(完)