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ふたりへ向かうプロローグ

「てめぇに惚れてんだよ。いい加減気づけよ・・・あほマリモ。」
最初に言葉を零したのは、サンジの方だった。

懸賞金3000万ベリー。そんなつもりも毛頭なかったのに、食料補給のため立ち寄った小さな島で、軽い面倒事に巻き込まれた夜のことだった。
酒に酔った下等海賊団たちは、どうも運悪く、血に飢えていたらしい。能力者の船長をはじめ、戦闘能力は完全にこちらが上手だったというのに、端から戦闘などに全く興味のない船長が、無意味な喧嘩に応戦するはずもなく、そのことが、余計に敵陣を煽ってしまったようだった。
騒ぎに駆けつけたゾロが仕方なく剣を抜く頃には、古びた居酒屋は既にぺしゃんこに潰れてしまっていたし、麗しいレディの身を守ろうと飛んできたサンジの目には、怒りに震えたナミが敵方とルフィ両方に向かって、同時に雷を落とす瞬間が映り込んだだけであった。

午後に予定していた船出の合図は、もう遅いからと翌朝にまわされ、おかげで余計な長居をするはめになってしまった。

こんなときにも、相手方の船からちゃっかりお宝をかっぱらってくるあたり、さすがは我らが腕利き航海士である。珍しく上機嫌に鼻歌を零すナミから、今夜はそれぞれ宿を取ってよし、と寛大な許可が下り、各々が宿に分かれていった。
ところが念のためにと組まされたペアの相手が、サンジにとっては大誤算であった。
麗しいレディたちと、一緒のお部屋とまではいかなくとも、せめてお隣のお部屋になって、例えば夜中まで一緒にお酒を嗜むだとか、漏れ聞こえるシャワーの音に鼻の下を伸ばすとか、そういうことを想像して桃色に彩られた夢心地の気分が、一瞬にして、崩れ落ちた。

「ちっ、んでマリモなんかと。」

よりにもよって、顔を見るだけで自然とむかっ腹の立つクソマリモ野郎と、何が楽しくて一夜を共にしなきゃなんねぇんだ・・・。


厳正なるくじ引きによって、見事にその緑アタマを引き当てたサンジは、地面の石ころを思い切り蹴飛ばしながら、何度も深いため息をついた。

―・・・それに。

ふらふらと歩くマリモ頭をチラリと見遣り、サンジは小さく肩をすくめた。
なんとなく、今ゾロとふたりきりになることは、避けたかったのだ。



月も影る、暗い夜。
ふたりはそれを合図のようにして、互いの欲求を吐き出し合う仲だった。

もとはと言えばサンジからけしかけたこと、だったような気もする。
若き咆哮は、自身の感情とは無関係に猛り、だからサンジは致し方なく、いつもはこそこそと、ひとりの夜を過ごしていた。それは海を生業とする男どもにとっては当たり前のことであったし、もはや「セックス」などという甘い夢とは似ても似つかない、情けなく乾いたような、無為の時間だった。
だから、どうせ処理のための事務的な作業ならば、自分の手よりも誰かの手にかかった方が幾分かマシ、という、それは本当に単純な利害の一致だったのだ。

おそらくこれについては、ゾロも同じ気持ちだったと思う。

「目ぇ瞑って、そこの柱でも掴んどけ。」
それだっていつもの、くだらない罵り合いから発展した、負けず嫌い故の産物だったはずだ。
今となってはいちいち思い出すことも億劫なほど、ふたりは案外簡単に、その一線を超えた。

だから、最初にふと自覚してしまったとき、サンジは激しい自己嫌悪に陥った。

熱く節くれだった掌が、きつくサンジを包み込むたび、微かに甘い吐息が不意に耳元をかすめるたび、ドキリと跳ね上がる、熱い心臓。
―なんで、マリモなんかに・・・!
強情に押しとどめた戸惑いの憂いは、悦楽の頂きを、幸か不幸かより一層、煌びやかに彩っていった。真っ白に弾ける、映像美のようなオーガズム。
湧き上がる劣情を巧妙に隠しながら、それでもサンジは幾度もの夜を、ゾロの淫液で濡らしていたのだった。



「・・・キスが、してぇ。」
サンジの中心を素早く擦り上げていた右の手が、ぎくりと一瞬固まったのがわかった。先ほど口をつけた透明なアルコールが、グラスにはまだ半分ほど、残っている。
酔ってただなんて、さすがにこれじゃあ言い訳できねぇよなぁ・・・と、半分は冷静にこの状況を可笑しく思いながら、サンジはふっと、自嘲を零した。

時間が時間だっただけに2、3と断られて行き着いた安宿は、小さな部屋にベッドが置いてあるだけの、明らかなしけこみ部屋のようであった。

ゾロは宿につくなり、窓際のローテーブルにどかりと腰を下ろした。早速晩酌をはじめるらしく、ご機嫌な様子でいそいそとグラスを探している。
サンジはぐるりと、部屋を見渡す。
お世辞にもお洒落とは言えないまでも、きちんと手入れは行き届いているようだ。清潔に磨かれた洗面所。靴を沈みこませる柔らかいカーペット。古く立て付けの悪いクローゼットのなかには、ピンとのりのきいた浴衣が揃えてある。
いつもと違って揺れないベッドは、それだけで心地がよさそうだった。


サンジは、言葉以上の何かを、望んでいるわけではなかった。

好きだとか、愛してるだとか、そんなのはレディにこそ捧げられる崇高な台詞であって、男相手に使う言葉としての認識など、サンジにとっては皆無だった。
だからその言葉には裏も表もなかったし、当然愛情の裏付けなど1ミリも存在しないつもりで、本当にサンジはただ、キスがしたいと、思ってしまっただけなのだった。

そう。
ただ、欲しかったのだ。

ゾロの、熱い唇が。
その内側で獰猛に蠢く、真っ赤な花びらが。


「・・・なぜだ?」
即座に怒鳴り上げられるか、意味がわからねぇと呆れられるかと、内心で身構えたサンジの耳に、戸惑うような、野獣のつぶやきが届いた。


その瞬間、だったと思う。


サンジが、ゾロへの紛れもない恋情に、はっきりと気づいてしまったのは。



「てめぇに惚れてんだよ。」
いい加減気づけよ・・・、と悪態をつきながら、自分だって今気付いたばかりじゃねぇかと、苦笑いを零す。いったん気づいてしまったら、それは確かに、もうずっとずっと前からの本心だったような気がして、サンジは切なく視線を逸らした。
そうか、俺はずっと、こいつに惚れてたのか。レディ至上主義の、この俺が。・・・情けねぇザマだ、男に、それもこのクソマリモに、あっさりとふられちまうだなんてよ。

だったら先に、キスだけでもしておくんだったと、妙な後悔がサンジの胸に渦巻いた。だから、「わかった。」という淡く掠れた低音を聴いたのと、その熱い舌先がサンジの蕾を割ったのは、ほとんど同時だったか、どうかしたら口づけの方が、先に届いてしまったのであった。

 

 


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「おら、今日の餌だ、寝腐れマリモ。」
爽やかな秋風が、ジョリーロジャーを軽やかになびかせる。遠く晴れ渡る一面の青が、まっすぐに海へと降り注いでいる。
穏やかな太陽を浴びた明るい甲板には、朝っぱらから、ど派手な打撃音が響き渡った。
寸でのところでその踵を避けたゾロが、ちらりと薄く、片目を開ける。
「ん、・・・朝か。」
ぽりぽりと呑気に苔を掻いて、くあ、と大きな欠伸を零す。
「・・・朝か、じゃねぇよクソマリモ!ったくてめぇは・・・、朝寝て、昼寝て、夜寝て、いったいいつ起きんだ!そのでっけぇ空洞んなか、カミソリの刃でも突っ込んでやろうか・・・!」
「・・・ふん。」
床に置かれたにぎり飯に手を伸ばし、もしゃもしゃと頬張りながら、ゾロは面倒くさそうに立ち上がった。んんん、と大きく背伸びをしてから、もう一度わしわしアタマを掻く。
「梅干と、・・・エビマヨか。」
ふたついっぺんに口の中へ放り込んだ割に、きちんと味は、わかるらしい。
ただのマリモよりはいくぶんか賢いな、と、サンジは呆れたように煙を吐き出す。
「なんだ、その顔。」
「てめぇいちおう、人間だったんだな。」
あぁ?
なんとなく馬鹿にされたのがわかったのか、マリモは不機嫌そうに眉を潜めて、じろりとサンジを見下ろした。しかしそれもほんの瞬間で、すぐに興味が失せたように、くるりとサンジに背を向けた。
「あ、・・・おい、」
ふらふらとキッチンへ向かう足取りを、サンジはなかば呆然と見送る。
爽やかな潮風が、そよそよと頬を撫でていく。


あの衝撃の告白から、ひとつきと、少し。

ゾロは、ちっとも、変わらなかった。



「んナ~ミすわ~ん!コック特製トロピカルジュースのできあがりだよ~!」
くねくねと愛好を崩しながら、頭に乗せたグラスを器用に運ぶ。サンジは午後のおやつの時間を、甘い幸せでせっせと縁どっている最中である。
秋島の海域に差し掛かってもなお、船にはまばゆい陽の光が降り注いでいる。時折ぶり返したように暑さが戻るが、それでも夏島の航路を思えばずいぶんと、陽は斜めに傾く速度を速めているようだった。
「いつもありがと、サンジくん。」
「とんでもない!ナミすわんのためなら、このくらいは当然です!」
「うふふ。相変わらず熱心ね、コックさん。」
「あぁ、ロビンちゅわん!美しい貴女の前では、どんな輝く食材だって、その美しさに霞んでしまう!」
大げさに天を仰ぎながら、サンジは悩ましげにため息をついた。美しいレディたちはにこにこと、楽しそうに微笑んでいる。周りを賑やかすトナカイと長鼻が、バタバタと陽気にはしゃぎまわっている。今はキッチンで大人しく甘味をつまんでいる船長が、あの賑やかな輪に加わるのも、時間の問題だ。


ふぅ、と一息ついて、サンジはもういちど、空を見上げた。
その視線の先はマストの上、トレーニング部屋を兼ねた小さな展望台を、しっかり捉えているようだった。
『ちっ、あんのクソ野郎・・・。』
朝の攻撃が一切効いていないと判断したサンジは、仕方なくロープを伝っていった。頭にトレーを乗せたまま、するすると天へ、足を伸ばす。
なんでマリモのために、俺が、ここまで。
愚痴のひとつも吐いてやろうと、サンジはその高い展望台に、ひょっこりと首を出した。

「ほれ、マリモ。てめぇの分だ。」
「ん?・・・あぁ。」
いきなりの登場にも顔色ひとつ変えず、ゾロは一心に、トレーニングを続けていた。
一瞬ちら、と横目にサンジを見遣ったゾロは、しかし何を話すでもなく、再びよいしょとダンベルを担ぐ。鉄の塊の移動に合わせ、ゾロの短い呼吸が重なっていった。

いち、に、さん、し、・・・その上下がさんじゅうを数える辺りで、サンジはいよいよ、冷たい視線を投げかける。どうやらその辺りに置いておけ、ということらしい。
てめぇの好き勝手ばっかにゃさせねぇぞ、筋肉マリモ野郎。
「・・・おい、」
よんじゅうに、よんじゅうさん、よんじゅうよん、
「おい、・・・」
ごじゅうきゅう、ろくじゅう、ろくじゅういち、ろくじゅ、
「っ・・・おいコラ、聞いてんのか!クソ筋肉マリモ!!!」
さっ、と繰り出された全力の回し蹴りを素早く避け、ゾロはようやく鉄塊を下ろした。
やはり器用にも、トレーを頭に乗せたまま足技を繰り出したサンジを、ゾロが怪訝な表情で見返してくる。だから、俺は間違ってねぇっつの。
「おら、自分で取りに来い。」
カタリ、と脇にそれを置いて、サンジはふわりと煙をふかした。
ゾロはそんなサンジを見遣ると、ふぅ・・・とひとつため息をついて、腕に巻かれたバンダナで額の汗を拭った。


胸を裂く袈裟懸けの傷を、透明な汗が伝い堕ちていった。

っく、こいつ・・・!

「・・・あ?」
「っ、・・・いや、」
サンジの微妙な破顔を目ざとく見てとったゾロが、僅かばかり首を傾げた。
筋肉の盛り上がった、美しい胸板。透明な汗の流れ落ちる、ゴツゴツとした無骨な額。
油断すればそのまま見惚れてしまいそうな自分に気づき、サンジは慌てて視線をはずした。知らずドキリと跳ね上がった心臓を、ぎゅうと片手で抑えつける。

・・・おかしい。こんなの、見飽きるほどに見慣れた光景じゃねぇか。

「どうした?」
「な、なんでも・・・ね、おわっ!」
視線を戻したその数センチ先に、小さな自分の姿が見えた。吸い込まれそうな、碧の瞳。
「ち、近ぇよクソマリモ!てめ、なにやっ・・・!」
「・・・いや、」
てめぇだろ。自分で取りに来いつったの。
平然とそう言い放ち、ゾロはよいしょとグラスを手に取る。
空から吹き込む、潮の風。一面に広がった背景の蒼色に、ゴクゴクと鳴る喉仏が、厭に扇情的に映えていた。焦れたように小さく身を震わせた熱い中心が、微かに甘く、情を放った。

「ゾ、・・・」
劣情に任せ伸ばしかけた繊細な指先が、ほんの僅かに、距離感を覚える。

それは一瞬のできごとで、ややもすれば気づかないほどの、微かな変化のはずだった。
だけれどサンジは、確実にその意味を、読み取った。距離を間違えたのは、俺じゃない。
『こいつ今、俺のこと・・・』
―・・・避けられた。
ゾロの分厚い掌は、まるでなだめるように、わしわしと金糸を掻き乱しただけで、サンジの頬に触れることさえ、しなかった。

「・・・てめェ、・・・俺が黙ってりゃ、いい気になりやがって・・・!」
わなわなと肩を震わせて、サンジが低い呻き声をあげた。
さわさわと金糸を撫ぜる青の風が、瞬間冷やりと温度を下げる。
「は、何のこと、」
「ふんっ、やっぱりありゃあ、ただの欲求処理だったんだな・・・!野郎にキスなんかされて、さぞ気持ち悪かったことだろうよ。それともあれか、レディの代わりに、夜のおかずにでもなったかよ。惚れてるだなんて気色悪ぃこと、聞かせちまって悪かったなクソマリモ・・・!」
「なに言っ、」
「うるせぇ!言い訳なんざ聞きたくねぇ!!」
ドン!と胸を弾かれた剣士が、2、3歩よろけて後ずさった。小さく開かれた碧の瞳が、戸惑いの色を映し出している。その目を射るように睨みつけてから、サンジはギリリと奥歯を噛んだ。
血の滲むような強さはそのまま、零れ堕ちる、心臓の叫び声だ。
「おいコック、・・・何が言いてぇのか、さっぱり、」
「わかれよ!俺が何言いてぇのか、何考えてんのか、そんくらい、簡単じゃねぇか!んでわからねぇんだ、アホマリモ・・・っ!わかれよ。わかって、・・くれよ!俺は、・・・」
俺らは、・・・っ
その先の言葉をうまく紡げず、サンジはごくりと喉を震わせる。
駄目だ、言えねぇよ、そんなこと・・・そうだよ、俺らはただ、処理の相手だっただけじゃねぇか。たまたま交わした口づけが、とろけるほどに優しかったからって、あんな愛おしそうに俺を見つめたからって、伝わる鼓動が切ない焦燥を含んでいたからって、・・・

あんなの、一瞬の、気の迷いだったんだ。

「俺らは・・・」
―・・・愛し合ってるわけじゃあ、・・・なかったのかよ。

無理矢理に喉奥へと押しやった情けない台詞が、ほんのひと雫の宝石に変わった。
ゆっくりと溜まった水晶はいよいよ蒼い瞳から溢れ出し、つうと一筋零れ堕ちて、音もなく密やかに、乾いていった。
海を吹き渡る優しい風が、垂れたロープをカタカタと揺らす。
しん、と静まり返った小さな展望台は、ふたりのこれからを、静かに見守っているようだった。

「・・・はぁ。」
ゾロの小さなため息が届き、サンジは迷わずこめかみを筋ばらせる。
こんなのは、いつものことだ。今度はいったいどんな呆れ顔を向けられているのかと、先回りをして苛立ちが募る。だから、鋭い視線でギロリと睨みつけた先に、思わぬ柔らかい表情を湛えたゾロが静かに佇んでいるのを見て、サンジはえらく狼狽えた。
「・・・なっ、」
「あのなぁ、アホコック。」
まるで子どもに諭すような優しい声色が、傷んだ胸に染み渡っていく。
「俺は、超能力も使えなきゃ、変な実ぃ喰った能力者でもねぇんだ。」
甘く匂い立つ柔らかい視線が、ふわりとサンジを包み込んでいる。その瞳には、微かな戸惑いが滲んでいるようだった。
あれ?・・・怒って、ねぇのか?
「俺は。人の考えてることとか、人の気持ちとか、そういうの、・・・よく、わからねぇんだ。そんな曖昧で崩れやすいものなんざ必要ねぇと、切り捨てて生きてきたからよ。強くなるためにゃあ、迷いは即ち過ちだ。」
・・・だから。
ゾロは一瞬、視線を逸らし、諦めたように息を吐いた。その迷う胸のなかに、いったいどんな言葉が溢れているのか、ひとつひとつ選ぶように、慎重な間合いで口を開く。そして、意を決したようにサンジを見つめたゾロは、まっすぐな瞳に光を灯して、ゆっくりゆっくりと言葉を零した。
「・・・言ってくれねぇか。ぜんぶ、きちんと。俺は、てめぇを、わかりてぇ。誰よりも、わかって、やりてぇんだ。そのためにゃあ、悪ぃがちゃんと、・・・気持ちも、考えも、辛さも、弱さも、・・・言ってくれねぇと、わからねぇんだ。・・・なぁ?」
―サンジ。
真っ赤に染まった耳元に、触れるだけのキスが堕とされる。
瞬間ぴくりと肩を震わせたサンジを、優しい視線が見つめている。しばらくの間を取って、ふわりと伸ばされた精悍な腕が、その細い腰をぎゅうと引き寄せた。
「っい、いきなり何しやがる!エロマリモ!」
「・・・何して欲しかったんだ?」
「え?いや、なんでも」
「ねぇわけ、ねぇだろう。ったく、ぼろぼろ女々しく泣きやがって・・・。」
「な、泣いてねぇ!俺はただ・・・っ」
「ただ、なんだ。」
「ただ、・・・」
ただ・・・
「・・・うん?」
柔らかな碧の瞳が、サンジを掴んで離さない。
なんだ、・・・言われなきゃわかんねぇのは、俺の方じゃねぇか。
「なぁ、・・・ゾロ。てめぇは、」
・・・俺のこと、
「んっ、」
ふわり、と堕とされた甘い口づけが、次第に深さを増しながら、奥へ奥へと潜り込む。熱く湿った上あごも、真っ赤に吠える舌先も、残滴ひとつ残らないほどに絡め取られ、サンジの思考はだんだんと、ぼんやりと霞がかっていく。
「ん、っあ、・・・気持ち、・・・っ!」
意図せず零れた本音に、はっと口をつむいだサンジを、剣士がぎゅうと抱きしめる。
ゾロが、・・・熱い。
「いいんだ。そうやって、・・・教えてくれ。どこがいいのか、何がしてぇのか、今、てめぇが、何を思ってるのか。知りてぇんだ。わかりてぇんだ。」
てめぇの、ぜんぶを。
白く華奢な全身を、力強く包み込んだ筋肉質の体から、ドクドクと脈打つ鼓動が響いている。
切なく刻まれる、愛おしさのリズム。

―・・・なんだ、こいつも、俺のこと。

もう、聞かなくても、わかる。
だけど。

「ゾロ・・・」
なぁ。・・・ゾロ。聴きたい、てめぇの、不器用な心が。

「・・・惚れてるに、決まってんだろ。何度も言わせんなよ、ばか。」

真っ赤になってうつむいたゾロの頬に、サンジは堪らずキスをする。
一瞬驚いたように目を丸くしたゾロは、その潤んだ瞳に含まれた意味を見てとって、もう一度深く、抱きすくめる。

「やるか?」
「・・・あんま酷くすんなよ。」
「そりゃ、」
てめぇ次第だ。

ぐりぐりとげんこつを押し込んだ腹を抑え、ゾロは嬉しげに、高笑いをあげた。
その厚い胸板に、サンジはこつりと頭を預ける。


柔らかく凪いだ海風が、微かなオレンジを含み始める。
斜めに陰る午後の陽は、秋の夜長への優しいプロローグだ。

夜の仕込みまで、あと、1時間。


「・・・望むところだ、大剣豪。」

ひとつに重なる、愛おしさの影。
今夜サンジは、その身をもって、愛を知ることになるのだろう。

ドキドキと高鳴る胸の鼓動が、喜びも切なさもない交ぜに、緩やかなリズムをハミングさせる。
甘い夜啼きが空気を裂くとき、この小さな展望台はきっと、白い光で満たされていく。



(完)


 

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