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ひとりじめ。

「お前、ノース出身なんだってなぁ。」

そう声をかけてきたのは、黒足の男の方からだった。

自由奔放な一味のなかでも、とりわけ話が通じて、気の回るヤツだった。
白く細い手から創り出される料理は、どれも目を見張るようなものばかりで、栄養さえ取れればいいと質素な食事しか取ってこなかったローにとって、その光景は不思議にすらうつった。
口は悪いながらも、どこか人懐っこさが滲んだ笑顔。
なぜだかそれがローの視線を引いたのは、同郷の何かを思い出すからだろうか。

「うちの船で、好き嫌いすんな。」
そう言って目の前におにぎりが置かれたときから、ローはますます、黒足への興味を深めた。


よく、見ているのだ。人を。


もともと、観察力の優れているローのことだ。
それと気づくのに、そんなに多くの時間はかからなかった。




「おまえ、疲れねぇか?」
「は?」

午後の甲板には、涼やかな風が吹いている。
医学書をパタリと閉じ、ふぅとため息をついたのを見計らったかのようなタイミングで、黒足屋がコーヒーを届けにやってきた。

「1日のうち、どんだけを人のために過ごしてる?」
「・・・どういうこった。意味わかんねぇぞ、トラ男。」

その問いにすぐには応えず、ローは床に置かれたコーヒーを見遣る。
渋い色をした水面から、香ばしい湯気が立ち上っている。
普段の好みよりもわずかに濃いめに淹れられたそのコーヒーは、ローの読書疲れを、確実にじわりと癒すだろう。

「だいたいお前、いつ寝てる。」

眠りの浅いローは、夜中まで医学書をめくって、そのうちうとうとと“仮眠”をとるのが常だった。
だから自然、誰よりも長く起きていることが多くなるのだが、夜のキッチンはいつまでも明かりが灯っていたし、ぼんやりと朝日に目をこすれば、その小窓からはトントンと、心地よいリズムが漏れ聴こえてくるのだった。

「寝てるぜ?ちゃんと。夜は仕込みが終わったら寝るし、朝はちょっと早起きなだけだ。」

ちょっと、・・・ねぇ。

いつの間にか横に腰を下ろし、旨そうに煙を燻らせる黒足屋の横顔を、ローはまじまじと見つめる。

「・・・おいおい、なんだよ気味悪ぃな。それともなんだ、ホームシックにでもかかったか?」

皮肉に口元を歪めて、外科医の方をじろりと見遣る。
しかしその荒っぽい言動とは裏腹に、声色には優しい気遣いが滲んだのを、敏感なローの観察眼は、見逃さない。


こいつのこの、硬さと柔らかさのアンバランス。
・・・麦わらのヤツら、ちゃんと気づいてんのか?


そう思いかけて、野暮な愚問だったと、自分で結論付ける。

身の危険よりも宴を選んだ、ド天然の笑顔が思い浮かぶ。
「同盟」を、楽しいお友達か何かと勘違いしているのは船長だけのようだったが、この一味を包んでいるどこか能天気な空気はどうやら、それぞれの船員が醸し出す雰囲気の、総合力によって成り立っているようだった。

誰かのために、日々を過ごしているのは、こいつだけか・・・?



午後の一服の時間なのだろう。

旨そうに煙を吐き出しながらそのまま隣に居座った黒足屋に、ローはもう一度チラリと、探るような視線を向ける。
見るともなく遠くの白波を見つめていた黒足はその視線に気づくと、微かに首を傾げて片目を見開いた。
その瞳はローに、次の言葉をうながしている。


・・・なんだその、色気。


「別に、・・・なんでもねぇよ。ただ、てめぇのその繊細さが、ちょっと気になっただけだ。」
「はぁ?繊細?・・・外科医の頭んなかは、わけわかんねぇな。」

そう言いながらもきっとこいつは、何かを感じ取っている。
小さく舌打ちをして気まずそうに目をそらした黒足は、ふぅと小さく、ため息を吐き出した。

「・・・てめぇが、何を考えてるのかは知らねぇが。」

その薄い唇から零れ落ちる言葉に微かな揺らぎを感じて、外科医はそれまでよりもいくぶん、真剣に耳を傾ける。

「おれは、好きでやってんの。うめぇもの喰って喜ぶ顔が見てぇ。・・・それ以上、何にも望んでねぇよ、ロー。」
「・・・そうか。」

これ以上は、深入りをしない。
この距離感がたぶん、今のふたりにとってはいちばん、心地よい。




静かに吐き出された紫煙が、凪いだ海風にふわふわと舞っている。
気持ちのよい晴天だ。
たまにはこうして、誰かと時間を共有するのも、悪くない。

「ところで、・・・あの、腹巻の剣士。」

思い出したように、外科医が口を開く。

「・・・できてんのか?お前ら。」
「はっ?!!」

必要以上のオーバーリアクションとともに咥え煙草を落とした黒足屋に、ローはにやりと笑いかけた。

「・・・ふん。やっぱり、そうなのか。」
「ば!、・・・っばかてめぇ、それ誰にも、・・っ!」
「言やしねぇよ。んなことで波風立てるかよ。」
「・・・い、いつから、」
「見てりゃわかる。」

さっきまでの冷静さが嘘のように、顔を赤らめて動揺している黒足を、チラリと見遣る。
その慌てふためく姿に、なぜだかローの胸が、ざわりと波立つ。


なんだ。アイツか。

この男、支えてんのは。


――・・・気付いてやれるのは、俺だけ、・・・かと思っていたが。


「女好きのお前に、・・・まさかそんな趣味があったとはな。」
「ばかっ、こ、これは、その、・・違ぇんだ、べ、別に男が好きとか、そういうんじゃなくてだな、ゾロだからというか、・・・っ!や、違ぇな、あいつからけしかけてきたというか、売られたケンカを買っただけというか、・・っ」
「・・・言ってろ。」

入る余地もねぇ、・・・か。

紅潮した頬に深い愛情を読み取ったローは、素早くそう、答えを導き出す。
勝算のない無駄な戦いはしない。そうとなれば、さっさと作戦変更だ。


・・・まぁいい。

つまりこいつは、男もイケると。


「俺にもいつか、味見させろ。」
「何をだよ?」
「てめぇだよ。」
「は?」
「興味ある。てめぇのセックスに。」

 

「・・・・・・っはぁ?!!!」


耳朶まで真っ赤に染めたコックが、素っ頓狂な叫び声をあげたのを聞いて、ローはよいしょと立ち上がる。
そして後ろ手にひらりと手を振ると、スタスタとアクアリウムバーに向かった。


どうせまた、甘いデザートでも、出してくれるんだろう?黒足屋。

ローは愉快そうに、にやりと口元を歪ませる。



さてさて、「そいつ」は、一体どんな味がするのか・・・――




( 完 )

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