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ひかり、あつめて

※ このお話は、夏コミ86でお配りした無料配布のコピー本の内容となります。

   新刊などとの繋がりはまったくありませんので、これだけでお楽しみいただけます。

 

 

 ざ、と砂を踏む乾いた音がやけにはっきり耳に届いた。ピチョン、と水滴の堕ちる音がしてサンジはゆっくり顔を上げる。真っ暗闇の洞窟にひと筋の光がまっすぐ差し込んでいる。

 「……何しに、来た」

 伽藍堂の空洞に絞り出す声がぐあんと響いた。僅かに滲む焦燥を悟られぬよう目を瞑る。光を背に立ち尽くす男は静かに肩を上下させている。

 「来んな、つったろ」

 ハッと短く息を零し苦し紛れに吐き捨てる。浅い呼吸が繰り返しサンジの肺に空気を送っていた。閉ざされた空間特有の埃っぽい匂いが破れた衣服にまとわりつく。口の端がピリリと痛み生温い鉄の味が舌の上に広がっていった。

 「俺を笑いに来たのか」

 「迎えに来た」

 ザリ、と乾いた土を踏んで男が一歩前に出る。サンジは思わず目を見開いて体を捻ろうと無理やりもがいた。誰がクソ迷子の迎えなんか、そう思うのに縛られた両腕が言うことをきかない。

 「ダメだ来るな、まだあいつらが」

 「あとはルフィに任せとけ」

 耳慣れたはずの男の声が見知らぬ洞窟に低く響く。必死で睨み上げたその先、逆光のなか立ち尽くす男は三本の刀に腕を預けていた。キン、と啼いた鞘元が鮮血の雫でぬらりと光る。

 ――斬った、か。

 「……悪ィ。油断したわけじゃねェ」

 「なに飲まされた」

 頭上からずしりと声が堕ちる。肌の泡立つような激しい怒りはしかしサンジに向けられるものではなかった。僅かでも戦闘で息を乱すなどこいつにしては酷く珍しいことだった。

 「大したこたねェよ。ちょっとした毒だ」

 げほ、っと大きく咳き込めば喉の奥から鉄の味がせり上がる。派手にやられた内臓は船医がなんとかしてくれるはずだ。

 サンジは短い呼吸を繰り返しながら白い首筋に汗を流した。柔らかな金糸は額に張り付き眼球は微かに潤んでいる。

 体が、熱い。

 「催淫薬か」

 男は何でもないことのように至極穏やかにそれを告げた。まるでそよ風の吹くような様にサンジはびくりと肩を震わせる。

 不覚。

 「……油断、したわけじゃ」

 「辛ェか」

 そう言ってしゃがみこむ男の指先がつう、とサンジの頬を伝った。途端びくんと跳ねる腰にサンジは苦々しく舌打ちを落とす。まるで全身が感覚器のようだ。

 こんなんじゃ、ダメだ。これじゃ一緒にいられない。

 「クソっ、それいじょ、近寄んじゃ、ぁッ」

 いきなりじゅう、と音を立て白い首筋には紅が堕ちた。反射的に振り上げた脚を男が片手で受け止める。

 力が入らなかった。

 「く、ぅ、ッ……ゾロっ」

 今にも何かが溢れ出しそうでサンジはぶるりと体を震わせる。まっすぐな光を背に負ってゾロは静かに見下ろしている。

 

 

 運悪く海軍に出くわした一味が船を巻いて手近な島へ乗り込んだのは三日前。傷ついた船底を直すのに丸二日、食糧集めも兼ねた停泊だった。

 広い海原にぽかりと浮かんだ小さな島。白い砂浜はぐるりと島を一周し、鬱蒼とした森は小高い山を作っている。その山のあちこちには美味しそうな果実が実っていた。

 魚釣りだ貝採りだと、海辺で騒ぐ船長たちの喧騒を横目にサンジはひとり山を登った。

 珍しい花々や貴重な薬草が生い茂る雑木林が続いていた。奥へと進むほど光は遮られ湿気た地面はふかふかと柔らかい。サンジは平たい岩に腰掛け黙って煙草を燻らせる。

 肌を刺す、殺気。

 無人、であるはずのこの島には数十人の生きた殺気が漂っていた。珍しいこともあるものだとサンジは小さく溜め息をつく。それが例え同業であれ麗しいレディたちの命を狙われては困るのだ。

 サンジは踵で火を潰し次の煙草に手を伸ばす。

 シュボッと音を立て染まる頬。殺気をすら隠せないほどの雑魚の始末などひとりきりで十分だった。

 

 

 「卑怯だな。薬漬けか」

 ゾロがくん、と鼻を鳴らし辺りの空気を嗅いでいる。敵陣の洞窟にわざわざ出向いたのは仲間たちに知られずひっそりと殺るための策のはずだった。

密閉されたその場所で、気体の薬はよく回った。

 「ダメだ、近付くなゾロ。てめェまでやられっちまう」

 「ふん」

 本望だ。

 事も無げに言い放ちサンジの腹に口づけを落とす。甘い吐息が鼻から抜けて伽藍堂を共鳴させる。

 「っ、バカやめ、ぁ、ぅ」

 ゾロの触れるその場所が火傷するほどの熱を持つ。覆いかぶさる重力にサンジはずるずると崩れ落ちた。持ち上げられた左脚に、力などとうに入っていない。

 「ダメ、だ、ゾロ、お前まで、っんん、ぁっ……」

 「もう喋んな」

 奪うような口づけにサンジはとろりと全身を溶かす。口内を蹂躙する熱い舌先は信じられないほど甘く、滑らかだ。

 サンジは夢中で舌を絡ませ零れ落ちる唾液を余さずすくい取った。必死で抵抗を示す瞳に後悔と欲望の色が滲む。縛られた両腕がキリキリと切ない悲鳴を上げていた。

 「なぁゾロ、これ解いてくんねェ……っ」

 「……てめェは何も考えず感じてろ」

 鼓膜を震わせる低音にサンジの背筋がぞくりと疼く。どくどくと脈を打つ心臓は真っ赤に腫れて痛いほどだった。

 ゾロは縄を解くこともせずサンジのはだけた腹に指を沿わせた。膝立ちに覆いかぶさる体重が逃げられないようと絡みつく。見慣れたごつい掌は信じられないくらい柔らかく、それが白い皮膚を行き来するだけでサンジの体からは力が抜けた。堪らず甘い声を漏らしかけたサンジは慌てて奥歯を噛み締める。

 じわり、と広がる鉄の匂い。

 「くっ、ぅ……っ」

 「我慢すんな」

 そ、っと告げられる甘い命令。抵抗にすらならない喉の呻き。必死に睨みつけた瞳にはきっと悦楽の薄紅が滲んでいる。

 決してこれを望んでいるわけではないと、しかしそれは言葉にならない。

 「ぁっう、んっ……ッはぁあっ」

 じゅう、と淫靡な水音が響きサンジの腰がずくんと跳ねた。はだけられた紅の丘は熱い舌先に絡め取られる。

 「や、めろ……っぁ、ぃ」

 「好きだろうが、こうされるのが」

 前歯でかしかしとしこりを扱かれそのたび激しい快楽がせり上がった。柔らかな唇に含まれた先端を硬く細やかな刺激が襲う。

 堪らなかった。

 誰もいない甲板で、抜け殻のような夜のキッチンで。夜毎交わした飴色の囁きがサンジの心臓をチクリと刺した。ふたり分のベッドの温もり。俺たちの帰る場所。

 「や、や、ぁっん……イっぅ、ぁあっ!」

 放たれた熱い白濁は覆いかぶさるゾロを汚す。ゾロは頬に散った体液を舌で舐めとり「甘ェな」と喉を鳴らした。

 無理やり引き起こされた快楽だった。こうしてきちんと達してしまうことがサンジには酷く苦しかった。

 「も、いい、ゾロ、お前は帰、れ」

 「一回なんかで楽になるわけねェだろ」

 ふう、と大きく息を吐いてゾロが再び体を寄せる。丁寧に剥がされた下履きからいきり立った中心が顕になる。

 「……なっ、てめェまさか、」

 「あぁ何遍でもイけ。最後まで付き合ってやる」

 ヨすぎて泣くんじゃねェぞ。

 ニヤリと笑う口元がサンジの濁りでぬらりと光る。その美しい光景にサンジの内臓がギュ、と縮んだ。

 感情とは無関係に立ち上がるだけの無意味な咆哮。

 こんなもの、ゾロに慰めてもらう筋合いなんか――

 「おいアホ眉毛。何も考えるなっつったろ、おら足開け」

 膝立ちになったゾロの緑頭がふいに視界から遠ざかる。縛られた両腕の隙間からゾロの視線がちらと交わる。

 「あ、バカそっ、ぅ、あァぁっ!」                                           

 兆しかけた劣情の塊。その蒸発しそうに熟れゆく根元の膨らみに、つつ、とひとすじ電流が走った。ついさっき熱を放ったばかりの先端からこぷりこぷりと濁りが溢れる。

 「ん、んんっ、んぁッ……!」

 コリコリと蠢く双成りは分厚い掌に包まれていた。そうしてまるで幼子を愛でるようにやわやわと優しい愛撫が加わる。

 「あ、ぁぁっ」

 サンジは堪らず喉を震わせ悔し紛れにゾロを見下ろした。しかし肝心のゾロはいつまで経ってもその場所から舌を離そうとしなかった。

 煙る暗闇に、ちゅ、ちゅと響く酷く静かな水の音。

 「うっ、……ぁ、も、焦れって、」

 呻くような抗議も虚しくゾロはやはりその場を動こうとしない。チラ、と上目遣いにサンジを見とめ微かに口端を歪めて、笑う。

 ゾロが、笑う。

 「ノって来たな。……どうして欲しい、コック」

 「あ? え、」

 霞み始めた視界の端からぽろりと透明な雫が滴った。息苦しいほどの欲情は紛れもないゾロへのそれだ。

 「っ……、」

 「なんだよ。言えよ」

 「んな、簡単に、ッ」

 「簡単だろ」

 「でも! これは、っ……これは、ゾロに対しての、反応じゃ」

 「どういう反応だろうと関係ねェよ。前だけ見てろ。感情に偽物なんかねェ」

 ――目の前にいるのは、この俺だ。

 ずい、と体を押し上げたゾロの耳慣れた低音が鼓膜に届く。抵抗しようと必死で食いしばる真っ赤な唇に乱暴な口づけが何度も落ちる。

 何度も、何度も。

 硬く閉ざされた心のベールを太陽の力でこじ開けるように。

 「ぅ、うっ、……っぁ、ゾロ、……ゾロ」

 「あぁ」

 「し、…………シろ、よ」

 「…………」

 「俺の、咥えて……舐め、て」

 頼む……っ――

 最後の方は懇願だった。

 焦燥に掠れた声色が乾いた口から零れ落ちた。

 獣はぐう、と低く呻いて足の隙間に潜り込んだ。瞬刻、怯えたように見下ろすサンジの蒼を碧の視線がまっすぐに射抜く。獣はゆっくり顔を埋めると今やはち切れんばかりに熱を持つ真っ赤な先端をそろりと含んだ。

 「あ、っああぁ、ああぁァッ……! ゾロ、ゾロっ……はっ、ぁぅう、ぅ……あぁッ」

 燃えるような快楽が背筋をまっすぐ駆け上がる。

 唇を押し付けられた先端はそのままこぷりと包み込まれた。柔らかく噛まれたと思った瞬間、離れる花びらへと腰を押し付ける。「ハッ」と短く湿った笑いが辺りの空気を震わせる。わざとらしく音を立て咥え込まれる白濁の泉。じゅぷじゅぷと粘つく淫猥な音色にサンジの喉からは甘い嬌声が零れ落ちる。

 感じていた。信じられないほどに。

 「やぁっも、あァっあぁぁ、あっイく、ぅっイ、イっちまう、ゾロっ! あぁっ」

 ぐん、と喉が天を向いてサンジは一層切なく啼いた。全てを絡め取るような舌先に、どくどくと脈打つサンジの心臓。真っ赤に染まった全身が次の刺戟を必死で拾う。そうしてほんの一瞬、目の前が白に霞んだかと思うと仰け反りきった中心からは美しい光が天高く翔けた。

 真夏の花火。

 「っ、はぁ、はぁ、はぁ、…………っく、ぅ……クソっ」

 吐き出した悪態は条件反射のようなものだった。飛び散ったはずの無数の穢れはゾロの頬を伝っていた。

 ゾロがいる。目の前に。こんなにも、体を、熱くさせて。

 俺に、欲情して。

 「まだ……イけんだろ」

 「……勝手にしろ」

 くたりと倒れこむサンジに構わずゾロは体重をずしりと預ける。微かに上気したその頬を溢れた白濁がとろりと流れる。もはや抵抗する力すら失ってサンジはだらりと体を任せた。

 風に流れる金の糸が額にべたべた張り付いている。

 「こっち、見てろ」

 そっと前髪をかき分けてゾロが小さく口づけを落とす。たったそれだけの何気ない行為にサンジは熱い吐息を漏らした。

 「気持ち良さそうだな」

 「うっせェ誰が、てめぇなんかの」

 「心配すんな。もっとヨくしてやる」

 そう言うが早いかすでに半分まで下がっていた下履きを邪魔だとばかりにさっと剥ぎ取る。今や破れた薄いシャツだけがサンジの体にまとわりついていた。

 ぜぇはぁと肩を上下させるサンジの唇を割ってゾロの骨ばった指先が侵入する。反射的に舌を絡ませればまるで何かを暗示するようにゆるく出入りを繰り返した。

 ちゅぷちゅぷと立ちのぼる甘い水音。先の刺激を期待して細い腰がずくんと疼く。

 「ようく舐めとけよ。悪ィが今日は、準備がねぇ」

 夢中で吸い付くサンジの耳に意地の悪い音色が届いた。薄く目を開き前を見遣れば物欲しげな男の顔が浮かび上がる。

 興奮している。

 獣のように繰り返される深く長く熱い呼吸。じとりと熱を孕んだそれは狩りの瞬間を待ちわびている肉食獣のようだ。

 「ん、ぁ……」

 引き抜かれた二本の指に思わず名残惜しい声が漏れた。くく、と低く喉を鳴らしゾロは静かに体をよじる。

 「んんっ、ん、ん、ぁ……あ、うぅっ……!」

 ゆっくりと、ゆっくりと。

 円をくるくる描くようにゾロの指先が埋もれていく。ぐ、ぐと押し入られる暗闇からは時折すっと力が抜けた。

 そうやって退路を取られるたびサンジは甘い声を漏らした。

 行くな。中に、来て。

 はやく。

 必死の瞳で訴えかければ獣はぽたりと汗を落とす。

 ゾロはもう、笑っていない。

 「なぁ、……もっと」

 ぐちゅぐちゅと音を立てる後孔がひくりひくりと蠢いている。どこまでが自分の意志なのかさえ判然としなかった。ただ今は、ゾロだけを。ゾロとひとつになることを。

 「ちっと、堪えろまだ」

 「ゾロ、も、俺、待てね、」

 ――欲しい。

 暗がりに響く甘い言葉にサンジはうっとり耳を傾ける。

 今のはなんだ。誰の声だ。

 とろけた腰はもはや言うことをきかず、捕らえられた両腕の痛みをすら忘れている。

 「っ…………二言はねェな」

 「ん、ぇ? あ、ぁっ、ぁ……や、はっ、あぁぁァっ!!!」

 ずん! といきなり最奥を突かれサンジは堪らず声を上げた。誰もいない暗い洞窟。ひとすじの光が差し込むその場所で狂おしいほどの劣情を貪る。

 「や、ぁっ、あぁっ、あ、ゾロ、ゾロっや、ああぁっ」

 「っく、やれっつったのは、てめ、だろ、が」

 ぱちゅぱちゅと湿った音を上げながらサンジの体は上下に揺れる。朦朧とした意識のなか、吠え立てる獣の劣情を、見た。

 「ゾ、っや、ああぁ」

 「っく……いいか、何遍でも、……何遍でも、イかせてやる」

 「あ、あ、ぁ、んっんん、はぁァっぅ」

 「何も考えるな。全部吐き出せ。てめぇのことなら……いくらでも受け止めてやる」

 「う、ぅっ、ぐ、ぅあ」

 「まっすぐに、俺の、顔を、見て、――……イけ」

 「ぅ……イ、くあァっあ、あぁァァっ!!」

 ――――ゾロ……っ!

 暗闇の反響はふたり分の熱を包み込み、そして、凪ぐ。

 

 

 湿気た空気が淀んでいた。袈裟懸けに斬られた岩肌からひとすじの光が頬を照らしている。ぴちょん、と堕ちる水の音が静かな洞窟に木霊していた。

 「収まったか」

 「ん、……んん」

 体を動かすことすら億劫でサンジは小さく喉を鳴らした。鉛のように重たい頭はゾロの膝に乗せられている。

 「悪ィ。無理させた」

 「……いや」

 サンジは静かに否定を告げて何かを乞うようにゾロを見上げた。脱いだ着流しをサンジにかけたゾロは上裸で片眉を上げている。

 「おらよ」

 「ん」

 不躾に口元へと押し込まれたのは火のついていない煙草だった。下唇でぴょん、と押し上げると「……しょうがねェな」とゾロが呟く。

 しゅぼ、という音とともに橙に染まるふたりの頬。

 深く、深く吸い込んだ煙をサンジはことさらゆっくりと吐き出した。

 苦い。

 「俺もまだまだだな」

 煙草のように台詞を吐いてゾロは後ろの岩肌にこつんと頭を寄せた。催淫薬がまわっていたのは何も自分だけではなかったようだ。飢えた獣の濡れた瞳を思い出しサンジはぶるりと肩を摩る。

 「寒ィか?」

 「いや。……てめぇでも、薬きくんだなと思ってよ」

 「あ?」

 意地の悪い笑顔でもって覗き込むゾロに笑いかける。ゾロはわけがわからない、という風に歪んだ眉根で見下ろした。もう何も出ねェ、完全に堕ちる間際どっちの言葉だかそんなことを呻いていた気がする。

 興奮は、無理矢理だった。だけど。

 「毒でも刃でも消化できるのかと思ってたぜ、クソ魔獣」

 「あほか。……てめェじゃなきゃ堪えきれた」

 ふっ、と静かに煙を吐いてサンジはごろりと寝返りを打った。まとわりつく倦怠感が事後の空気にとろりと溶ける。

 きっとあの、光の先、青空の下、気のいい仲間たちが俺たちのことを待ちわびている。

 「今日は、悪くなかったぜ、クソ剣士」

 「ふん。いつも通りだろうが」

 ほざけ、と呟く唇に優しい口づけがふわりと落ちる。傷ついた体のあちこちにゾロの残した痕が浮かんでいた。行き場をなくした迷子の口づけ。まるで自分を上書きでもするような。

 ――目の前にいるのは、この俺だ。

 「なに笑ってやがるエロコック」

 「え、いや、気障な野郎だと思ってよ」

 「……なんの話、」

 「船に戻ったら」

 ゾロの声を遮ってサンジがぼそりと言葉を紡ぐ。

 空の青、海の光、きっとそれは「幸福」の代名詞。

 「もっかい、しようか」

 今度は、いつも通りに。

 ぎくり、と固まったゾロの口から柔らかな笑みが零れ落ちる。乾き始めた金の糸がごつい指先にさらりと絡む。漂う煙が風になびく。そっと近付く愛おしい気配。

 「言うじゃねぇか」

 屈託なく溢れた笑顔が至近距離で混ざり合う。遠くから響く聴き慣れた呼び声にあと少しだけとひっそり願う。

 夏の午後。降り注ぐ光。こんな暗闇をさえ照らし出して。

 ――ゾロー! サンジー! 迎えに来たぞー!

 「おら、船長のお出ました」

 「あぁ」

 帰ろう。仲間たちの待つ、暖かい世界へ。

 夢を描く冒険の海へ。

 俺たちの、日常へ。

 

 小さなひかりを、あつめながら。

 

 

 

Fin…

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