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デザートは、ごはんのあとで

トントントンという小気味良い音が、キッチンから聞こえてくる。

 

一定のテンポを保ってリズミカルに進む包丁が、鼻歌を織り混ぜながら葉野菜を刻んでいく。

コトコトと鳴き始めた鍋のふたを「それっ」と開ければ、甘く芳ばしい香りが辺りにふわあと立ちのぼる。

今日はコック特製、一晩かけて煮込んだ骨付き肉のクリームグーラッシュだ。残ったソースは自家製パンにつけて、最後の一滴まで腹を満たしてくれる。

 

ぐつぐつ揺れているじゃがいもをひとつ取り出し、舌の上で転がしたコックは、満足そうにうなずいて、静かに鍋のふたをしめる。

 

 

 

がた、と音がして、キッチンの扉が開く。

 

外からさあっと夕刻の風が吹き込んで、薄オレンジに染まった空がのぞいた。

長く伸びた影には、刀が三本。

マリモ頭の剣士は、美しい夕日をバックにキッチンへと足を踏み入れる。

 

「・・・いい匂いすんな。」

 

くん、と鼻をきかせた剣士が、誰にともなくそうつぶやいた。

ふたりだけのキッチンに、その低音はふわふわと溶けていく。

 

『けっ、大してわかりもしねぇくせに。』

 

そう内心で毒づきながらも悪い気のしないコックは、剣士から目を戻し、手元の作業を再開する。

真っ赤なトマトが半月切りにされ、細かく切られた葉野菜の上に瑞々しく盛り付けられていく。

 

 

扉を後ろ手にバタンと閉めた剣士は、スタスタとまっすぐコックに近づく。

そして、ほんの3センチほどコックより高い場所から、背中越しにひょいと覗き込むと、その鮮やかな手つきをじいと見守りはじめた。

 

くんくんと鼻を鳴らす仕草が、まるで犬っころのようだ。

 

「美味そうだな。」

「ったりめーだろ。」

 

そうか、こいつこの匂い、好きなのか・・・。

 

トマトクリーム系の煮込みもの、これからは少し多めに作ってやるか。

コック自身も預かり知らぬ心の奥底で、今後のレシピがささやかに作り替えられる。

 

 

 

上機嫌のコックの内情を知ってか知らずか、剣士はなおも、コックの肩ごしに何やらしげしげと手元を覗き込んでいる。

 

『・・・ったく、ガキかよ。邪魔くせぇ。』

 

剣士に聞こえないよう小さくついたため息が、鍋から上がる甘い蒸気とともに、キッチンの空気を彩っていく。

 

「・・・あぁ。美味そうだ。」

 

しかし、そう低い声で囁いた剣士は何を思ったか、コックの意に反してさらに鬱陶しく首筋に顔を埋め、その上、さも当然という風にぺろりと、その白い肌をひと舐めした。

 

「っ!!んな、なにすんだてめぇいきなり!」

「何って、味見だよ。」

 

屈託なく言ってのける剣士を、サンジはぐるりと振り返った。

いきなりの挙動に動揺したのかコックは、目を大きく見開いて、頬を茜色に染め上げている。

 

「ばっ!・・・あ、味見じゃねぇよクソ野獣!俺は肉じゃねぇ!飯はまだだっつの!」

「飯?・・・んなのあとだ。・・・先にお前を喰わせろよ。」

 

後ろから抱きすくめられ、耳元に響く耽美な低音。

キッチンに流れていた穏やかな空気が、一瞬ギクリと打ち止まる。

 

油断のうちに耳を甘噛みされたコックは、「・・ふっ」という小さな吐息とともに、反射的に肩をピクリと震わせた。

 

その反応を確認した剣士は、ニヤリと口元を歪ませる。

 

 

「ばっ・・・・・・かやろう!!!!」

 

はっと正気に戻ったコックの本気の蹴りが、剣士のみぞおちに的中した。

うぐ、と唸った剣士はしかし、このくらいでは倒れない。

 

「てめぇは!!メインディッシュを先に喰いやがれエロマリモ!!!」

 

『ってぇな・・・。』

ふぅふぅと荒く息を吐き出すコックが、子猫のように剣士を威嚇している。

その瞳が、窓から差し込むオレンジ色の夕日を、やたらにキラキラと反射させる。

 

『ん?コイツ・・・、ちょっとうるうるしてんな。』

 

みぞおちを押さえた剣士の中心が、瞬刻ざわりと波立った。

 

なんだ、しっかり感じたんじゃねぇか。っとに、・・・相変わらず、耳、弱ぇ。

 

 

 

とはいえ今が、夕ご飯前の忙しい時間でもあることを知っている剣士は、さてこの後をどうしてやろうかと、逡巡の時間を置いた。

 

船員たちの食事のことを誰よりも大切に考え、そして彼らの体を、自分の作る料理で支えていくのだという覚悟がその胸に宿っていることを、剣士は誰よりも深く理解していた。

今晩のメニューだって、美味そうな匂いをさせている鍋の隣には、小さなフライパンに積み上げられた雑多な肉や、到底晩ご飯に似つかわしくないふわふわと揺れるわたあめ、そしておそらく鍵付きの冷蔵庫の中には、キンキンに冷えたゼリーなんかが入っているのだろう。

 

・・・マメなやつだ。

 

こういう繊細な気遣いに触れるたび、剣士の半分は感心を覚え、そしてもう半分は呆れているのだが、その間のほんのわずかな隙間に、微かな気がかりが首をもたげるのだった。

 

 

 

『あんまり虐めんのも、悪ぃか。今日はここまでに、・・・』

と剣士が体をひねりかけた、そのときだった。

 

「デ、っ・・・デザートは夜だ!エロ剣士!!!!」

 

耳朶まで真っ赤に色づいたコックが、柄にもなく夜の誘いを一息に叫び上げる。

 

無意識に口走ったかもしれない本音に虚をつかれた剣士は、一瞬その言葉が飲み込めずにはたと固まった。

そしてそのすぐあとで、可笑しさと愛しさが一緒くたになってこみ上げてくると、思わずふっと口元を緩める。

 

「・・・んだよ、心配しなくても夜も喰ってやるよ。」

 

押し殺した声でそう囁き、すでに熱くなっていたコックの躰を、正面からぎゅうっと抱きしめる。

両手で一応の抵抗を見せながら、ビクンっとしっかり反応を返したコックの、金色の髪の毛をよしよしとなでる。

 

悔しさが滲んだその鋭いまなざしに、微かな承諾の色が浮かんだのを、剣士は見逃さなかった。

 

「ほら、・・・」

 

ゴツゴツとした掌が、首筋、背中、尾てい骨を順番にゆっくりとなぞる。

やけに強調された丁寧な触れ方が、返って淫靡な感覚を呼び起こす。

その手はいつの間にか、すでに固くなり始めたコックの前の部分にスルリと這わされた。

 

「・・・メインディッシュ、喰わせてくれるんだろう・・・?」

「あっ・・・、ん」

 

思わず漏れ出す自身の甘ったるい声にはっとして、サンジは手の甲で口元を押さえつけた。

その様子に、剣士の体の奥の方が、じわりと温度を上げていく。

 

「・・・声、我慢するつもりか?・・・誰か、来ちまうもんな。」

「ッうっせぇ!!」

 

一端に憎まれ口を叩きながらも、カチャカチャとベルトを緩める剣士の右手を制止しようとしないコックに、剣士は口内で小さく舌打ちをうつ。

 

なんだ、脱がされてぇんじゃねぇか。ったく、素直じゃねぇな。

 

 

しゅうしゅうと湯気を吹き上げる鍋の火が、後ろ手にカチャリと止められる。

サンジは料理人としてその作業を全うしたに過ぎないつもりなのだが、剣士の目にはそれがいやに、協力的にうつって煽られる。

 

鍋の中の肉はトロトロに蕩け、楽しい晩ご飯を今か今かと待ちわびる。

 

「なんだよ、こっちもいい具合に蕩けてんな。・・・ソースもたっぷりじゃねぇか。」

「んあ・・ッッ!!!てめ!キッ、チンで、んんっ・・・あ、ッふ・・、っ・・な、なにしやがる!!」

 

サンジの熱く猛った欲情の塊が、剣士の大きな掌にそろりと包まれる。

それだけで甘美な母音を漏らしたコックの、とろりと濡れそぼった先端につうと爪を沿わせれば、その細い腰はいとも簡単にビクンと跳ね上がる。

精一杯の悪態を浴びせようと口を開いたサンジの口からは、飴色のため息が堪えきれずにこぼれ落ち、コックの反逆の意思とは正反対に、剣士の昂揚を誘う。

 

「ここは、っく、んッ・・・コックの、っ・・・聖域、だ!!!」

 

「・・・そりゃいいな。余計に美味くなりそうだ。」

 

コックの苦し紛れの抵抗にニヤリと嘲笑を浮かべた剣士は、その指をつつつと後孔に滑らせる。

 

 

「おい。こっちの下ごしらえも、済んでるようじゃねぇか。」

「ひぁ、っ!!はぁ、ん・・・ッッッ!!!」

 

『クソこいつ、指、入れやがっ・・・!』

 

耐え切れずに放たれた嬌声が、剣士とコックの両方の耳に、悦楽の様を正確に伝える。

サンジの胸には覚えのある羞恥がこみ上げ、それがどうにも堪らず怒りへと変換されていく。なんとか態勢を有利に持ち込もうと身をよじるコックを、剣士はガッチリ絡め取って、離さない。

 

やべぇ、当たり所が・・・よすぎて、・・声が、出ちまう・・・っ!

 

 

「ば、・・・っかやろうが・・・。んっ、・・ここで、ヤんのは、ッ・・・料理長の、この俺なんだ、よ、っクソマリモ!!!」

 

かろうじて罵言を搾り出したサンジは、首筋まで紅潮した自身の昂ぶりを誤魔化すかのように、乱暴に唇を押し付けた。

そのままぐいと首の後ろに手をまわし、一瞬驚いた表情を見せた剣士の頭を、こちらに向かって力強く引き寄せる。

 

主導権を奪われた剣士は、サンジの固く閉じられた花唇を割って、強引に中へと侵入を試みる。サンジはその燃えるような舌先の感触を確かめると、ぎりりと思い切り歯を立てた。

重ね合わされた真っ赤な蕾の間から、「うぅ、」と苦痛の呻き声が漏れる。

 

「・・てめぇは黙って、っはぁ、はぁ・・・、三枚に、オロされてろ・・・ッ!」

 

吐き出されたコックの悪言にこめかみをピクリと動かした剣士は、無言でじろりとコックを見据える。

そして、目の前で荒く上下する肩をがしりと掴んだかと思うと、そのままズルズルと壁際まで引きずっていった。

突然の陵辱に抗おうともがくサンジを、無理矢理に壁へと押し付ける。

 

「い、・・・ってぇ、」

「・・・悪ぃがコック。」

 

剣士から発せられた冷たく尖った声が、サンジにヒヤリと突き刺さる。

額を流れた一筋の汗が、ぽたりと床に水玉を描く。

 

「刃物の扱いなら、・・・俺のが上だ。」

 

妖しく光る緑色の瞳に、コックの戦慄が映り込む。

 

 

今度はいっきに突き上げられた二本の指が、サンジの剥き出しの快楽を呼び起こす。

激しく出し入れされる動きに合わせるかのように、食いしばった歯の間から漏れる蜜声が、次第にその糖度を増していく。唾液と分泌液の混ざった厭らしい水音が、押し殺した嬌声と共にキッチンに響く。

 

『・・・ッ、クソ、・・・っ!』

 

両足で立っていられなくなったコックは、ずるずると膝から崩れ落ちる。

その指先の粗暴さとは裏腹に、優しく添えられた剣士の太い腕が、力の抜けゆくコックをじわりじわりと床へと導く。

 

器用な手つきでシャツのボタンに手をかけた剣士に、それでも何とか反抗の意を示そうと、コックは精一杯の足技を繰り出した。

 

「・・・っと、」

 

弱々しく蹴り上げられた足は簡単にひょいと掴まれ、望んでもいなかったあられもない姿が露呈する。

 

「危ねぇな。・・・あんまり暴れてっと縛んぞ。」

 

ぞっとするような低音が耳元で響き、本気の眼光がサンジを射すくめる。

悔しさだけではない涙が、汗と混じり合いながら、その赤らんだ頬を伝っていく。

 

「・・・泣くほどいいかよ、クソコック。」

「っんなわけ、っんんアッ!・・・あぁ、っはぁ、は、ん・・・っくあ、んッ・・!」

 

三本に増やされた指が、バラバラとなかを刺戟する。その果てしない恍惚と、しかしほんのわずかに要所をずらされた指先の不協和音が、焦れったくサンジを追い詰めていく。

 

「あ、ちょっ、・・・んんっ、まっ、待て、待て待てまて、って・・・あ、あァっん、ふ・・・ッいっぺん、待っ、・・なぁ、ゾ、・・・ゾロっっっ!も、やべぇって、・・・ッ」

 

ふっと力の抜けた指先が、意味ありげな間を創りだす。

ニヤリと歪んだ口元から、紡ぎ出された意地悪な声色が、キッチンにぐわんと共鳴する。

 

「・・・やっと呼んだな。」

「っ・・・な、に・・・・・?」

 

「名前、だよ。」

 

声を上げる間もなくぐんと引き抜かれた熱い指の代わりに、何かを期待してひくつくその場所には、いきり立った先端がぐいと押し当てられる。

 

「ッんぁあっ・・・!っ・・・も、・・も、無理・・・っ、ゾ、・・・なぁ、ゾロ・・・!」

「がっつくなよ。」

 

剣士はクスリと余裕の笑みをこぼし、真っ赤な目でもの欲しげに見上げるサンジを、小声で諌める。

筋肉質の腕はがっしりとサンジを捉えて離さない。はだけた胸元から、抑えられた色情が匂い立っている。

 

 

「力、・・・抜いとけよ。」

先走りを馴染ませるようにくるくるとその孔を弄んだ剣士は、十分に解けたその場所にゆっくりと、腰を進めていく。

 

「くっ・・・相変わらず、きっついな・・・」

「・・・って、めぇのが、ばかでけぇんだろうが、クソ野獣・・・っ!」

 

ついさっきまで懇願の目でいじらしく見上げてきたコックが、ギリリと剣士を睨み上げて悪態をついた。

荒く吐き出される吐息にはしかし、今ほど投げつけられた言葉に反して、強烈な劣情が溶け出している。

 

「おい、動けねぇよ、・・もちっと力抜けって。」

「んッあ、っあ・・・はぁ、はァ・・・そんなに、動きたきゃあ、・・・っ俺を、気持ちよく、しやがれ・・・っ!」

 

ちっ、この期に及んで、素直じゃないヤツめ・・・。

 

「・・口だけは達者だな。気持ちよくなりてぇなら、・・・ちったぁ色気ってもんを見せてみろよ。」

 

そう凄んだ剣士は、いきなりズンと、最奥を突き上げた。

 

「っんぁあァッッ!!あ、あッんんっ・・・い、・・・きなり、なにすんだクソマリモ!・・っあァァっ!! ・・・・んんっ!っはぁ、はァ、は・・・っ、」

 

その弱い抵抗はもはや、自分のプライドを守るための、条件反射としてのそれでしかなかった。

 

「・・・・・・っと、・・・・も、・・・・・・っと、・・ゾロ・・・っ!」

「・・あぁ?」

 

「ッ・・・・・・・・・もっ・・・と、・・・動けっ・・・つってんだよ、クソ剣士・・・っ!!」

 

「っせーな、・・・舌噛むぞ。」

 

不器用なおねだりが剣士の支配欲を掻き立て、それが腰を一層深く潜らせる。

我慢しきれず漏れ出した体液が淫猥な滑りを加速させ、扇情的な水音を奏でながらサンジの孔穴をぐちゃぐちゃにしだいていく。

 

「くっ・・・・・てめ、急に締めんな・・っ!」

「っ・・・んん、あん、ッも、てめしつけぇ、ッ・・・・・・やべぇ、ゾロ・・・くっ、はぁっ・・・イ、・・・はんッ・・・イ、イ・・・く、なぁ、っやべ・・て・・・・っイっちまう、ああっゾロ・・・っ!」

 

「っ・・・・・・いい声、出すじゃねぇか。」

 

剣士はその華奢な腰をグッと掴んで引き寄せながら、耳元に唇を寄せる。

そして、幾分か焦燥の色を滲ませ「中、出すぞ。」とつぶやくと、避け続けていた凝りを執拗に攻め立てた。

 

「んッうぁ、っつ、ひぁっ は、はっ、ァぁあア、ア、・・・っゾ、ロ、そこ、は・・・ゾロ!あ・・・っゾロっ・・・!!も、やべ、イイ、っ気持ち、い・・・イっ、く・・・っ!!イっちま、・・・ん、んっっ・・・・・・・・・・・ッく、あァぁんんっっ!!!ッ・・」

 

『っやべ、もってかれる・・・っ!』

「っ・・・サン、ジ!くっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ!」

 

跳ねる躰を力いっぱい抱き寄せた剣士は、サンジと共に、その全てを手放した。

 

 

 

夜の訪れを告げる鳥が、遠くで甲高く鳴いている。

濃い藍色に染まりはじめたキッチンには、ふたりの吐き出す荒い呼吸が、静かに重なり合っては消えていく。

 

「はぁ、はぁ、はァ・・・」

 

さっきから頬を伝っている涙も拭わずに天井を見上げたコックが、ぼそりとつぶやく。

「よかった、かよ、・・・エロ剣士・・・。」

 

コックにだらりと覆いかぶさったままの剣士は、何かの答えを期待するその問いに、ふん、と鼻で冷笑を返す。そうして、気だるそうにサンジを見つめると、その汗ばんで張り付いた金色の前髪をひょいと掻き分けた。

 

「・・・言わねぇよ、ばか。」

 

ちゅ、と額にキスを堕とし、ニヤっと笑って言葉を続ける。

 

「・・・デザートに、期待しといてやるよ。」

 

 

腕に力を込めてコックの上に膝立ちになった剣士は、少し覚束無い様子で、前身頃を整えはじめる。

そのふらふらとした手つきに、先程までの自分の温もりが残っていることを感じ取って、サンジは不覚にも、あたたかい幸福感に満たされる。

 

「・・・おい剣士、」

「なんだよエロコック。」

 

「デ、・・・」

 

『・・・デ?』

 

「デ、・・デザートは、・・・こんなもんじゃ、ねぇからな・・・っ!」

 

慣れない台詞に頬を真っ赤にして、慌てて顔を背けるコックを見下ろした剣士は、その様子にぎょっと呼吸が止まる。

 

『な、・・なんなんだよ、・・・可愛いこと、言いやがって・・・っ!』

 

もういちど抱きしめたい衝動を力づくで抑えつけ、寸でのところで冷静さを堅持する。

これ以上深入りしたら、止まれなくなってしまう。

 

なんと言っても今は、大切な晩ご飯の前なのだ。

 

ふぅと息を吐き出した剣士は、乱れかけた自身の呼吸を何食わぬ顔で立て直すと、真下で背けられている真っ赤な頬を見つめながら、愛しさと欲情の入り混じった瞳でニヤリと、口元を緩めた。

 

「あぁ。腹すかせて待っといてやるよ。・・・・・・お前だったら、別腹だけどな。」

 

声を潜め、いつもよりも低い声で、耳元に囁く。

その柔らかい場所にふわりと、小さく口づけを堕とした剣士は、そのままよいしょと立ち上がる。

 

 

剣士のささやき声に心臓を掴まれたサンジは、おもむろに扉へと足を向けた匂い立つ後ろ姿を見つめ、その耳朶までもを、真っ赤に染め上げたのであった。

 

 

 

 

 

( 完  ) 

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