top of page

ふたり暮らし

※ ゾロサンオンリー TWIN BLAST!2 OSAKA でお配りしたペーパーのお話です。 サンジ誕おめでとう!

 

 

――アイツ、今日は生きて帰ってくるかな。
 あの頃の俺は毎日毎日、飽きもせずそんなことばかりを数えて生きていたような気がする。
 己の正義を貫く剣も、恐れを知らない澄んだ瞳も、高みを目指して去りゆく背中も……。
 まぶしいくらいの野望はすなわち命の灯火と引き換えだった。
 土を蹴って駆け出す音。燃えるような切っさきの光。
 なんだってそれらのすべてに惹かれたのだから、もう惚れたときから完敗だったのに。
 目を瞑って見送る心臓に、いつだって疼く鈍い痛み。
 ――――いなくなることが、こわい。
 それをなかったことにして、強がりの心に蓋をして。
 コトコトと煮立った鍋の底に沈んだ澱をどろりと揺らす。
 きっと、大丈夫だから。
 そうやって言い聞かせる強さの分だけ、心臓はトクトクと脈を打った。
「なに、考えてんだ」
 ガタリ、と開いた扉の向こうから緑の頭が顔を出した。軋む木板の隙間から春の木漏れ日がひらりと流れ込む。
「……いや、ちょっと」
 昔のことを。
 扉の方を見向きもせずにサンジはふわりと煙を揺らした。そう言って笑うサンジの頬に、柔らかな花びらが紅を落とす。
 船を下りて幾星霜の月日が経っていた。
 ふたりの住むおんぼろな家には今日もびゅうびゅうとすきま風が吹き込んでいる。冬の嵐で壊れた窓辺に、さらさらと揺れる黄色い花。お前みたいだな、そう言って振り返ったゾロの鼻をピンッ、と弾き飛ばしたのはつい十日前のことだ。
「遅かったじゃねぇか。また迷子か?」
「あほか。誰が迷子だ」
 不服そうに視線をそらして肩の荷物をどさりと下ろす。無自覚迷子はこれだから困る。ため息混じりに覗き込んだ袋には、頼んだ野菜と美味そうな肉が顔を覗かせている。その隙間に隠れるように詰め込まれた、ご褒美の酒が一本、二本、……。
「あれ。珍しいな、洋酒ばかりじゃねぇか」
「たまにゃあそういうのも、喰いたくなる」
 つまりはつまみの催促なのだと、平然と言い放つゾロに苦笑をこぼす。
 いつの間にか始まったふたり暮らしだった。
 自らの腕を試すため下船後サンジは様々な国を巡った。
 絶品スープに満腹ごはん、体力回復メニューに美容フルコース。
 海賊のいなくなった平和な海には、人々の欲望と贅沢がうごめいていた。
 ゾロと偶然再会したのは、仲間たちと別れて三年が過ぎようとしていた頃だったと思う。ほこりの舞う平和な町だった。
 いつものように睨み合って、いつものように喧嘩して。
 戦いの腕はずいぶん鈍っていたけれど、抱きしめられた腕の強さはあの頃とちっとも変わらなかった。
「生きてたのか、迷子野郎」
「こっちの台詞だエロコック」
 そのまま抱き合って重なり合って、裏の路地で何度もつながった。何度も何度も高みに上って、吐き出すように名前を呼ぶ。そうして気づいたときにはまぶしい太陽が、キラキラと朝を街中に散らしていたのだった。
「なに、笑ってる」
 いぶかしげに響いた声にサンジはハッと意識を戻した。不審そうな視線にはしかし優しげな色が浮かんでいる。
 いつからこんな顔をするようになったのだろう。サンジはふっ……と煙を吐き出す。
 前だけを見据え、ひたすら上へと、息もつかずに走っていたあの頃のまなざし。それこそが「真」に繋がる道だと、信じて疑うことのなかった若い魂は、それが汚れのない真実だからこそサンジの心臓をキリキリと痛めつけた。
 こんなにも。
 こんなにも、
 ――――愛しているから怖いだなんて、そんなこと。
「思い出してだんだよ。昔のお前は可愛かったなァ、ってな」
 ハッ、と短く息を吐けば金糸がさらりと指に絡んだ。戦う掌だ。思わぬ気持ちよさに目を細めると「猫みてぇだな」と声が笑う。
 この顔が見たいと思う。この手に触れたいと思う。
 深く繋がって、愛し合って、熱に抱かれて夜にまどろみたい。
 そんな簡単なことさえもできなかったあの頃の背中を、そっと抱きしめていつまでも眠りたい。
 なあ、ゾロ。
 ――一緒にいたいんだ、お前と、ずっと。ずっと。
「……まあ、俺にゃあ小難しいこたァわからねぇが」
 わしわしと乱暴に金糸を掻いて、ゾロがよいしょと腰をあげる。適当につかんだ陶器の湯呑に赤茶けた洋酒をトクトクと注ぐ。とろり、と溶ける金の色。まるでサンジの心臓のような。
「安心しろ。死ぬときは、かならず一緒だ」
「ハッ、馬鹿野郎が。てめぇより一秒でも長く生きてやるよ」
クク、と喉奥から零れた笑い声が静かなキッチンの空気を揺らす。嵐で壊れた窓枠からは暖かな風がそろりと吹き込む。ふたりっきりの屋根のした。しあわせの温度が氷を溶かす。そろり、そろりと近付く春が柔らかな頬にキスを落とす。
「なぁ。おまえも食べるだろ、俺の誕生ケーキ」
「あぁ」
 嬉しそうに頬を緩めて、愛おしいものを見るような目で。ずっとずっと先まで続く、しあわせの音色を胸に聴いて。
「誕生日おめでとう、だな」
「ふん。どうせ、忘れてたくせに」
 くすくすと重なる柔らかなメロディ。透明に光るしあわせの温度。もう一つだけ、わがままを言ってみようか。閉じられる瞳。重なる唇。抱きしめられる温度に、すべての想いを託して。



( 完 ―サンジ、お誕生日おめでとう!― )

 

 

挿絵:へーたさん

bottom of page