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捕虜と握り飯

「なぁ、腹へってねぇか」

ガサガサと草むらをかき分けて金髪の子どもが顔を出した。顔は泥だらけ、髪はパサパサと乾き、汚れた両手で握り飯を差し出している。

「お前、悪いやつじゃないって聞いた」

おずおずといった表情で唇を尖らせる。高いフェンスのてっぺんには針山が続いていて今のゾロの体力じゃあ到底越えられそうにもなかった。

ゾロはじっと子どもを見つめ、周囲の気配に耳をすませた。どうやら見張り番は交代の時間らしい。いつもはピリリと張っているはずの空気がほんのわずかに緩んでいる。

「……いらねぇのか」

「いや、もらう」

金髪の子どもはほっとしたように表情を緩め、フェンスにそっと近づいてきた。針金の組まれた小さな穴からねじ込むように、緩く握られた握り飯がぎゅうぎゅうと押し込まれる。これじゃあせっかく綺麗に結んだのが台無しだと、金髪はふてくされたように文句を垂れる。

ゾロはむ、と眉間に皺を寄せた。なんだ、俺が悪ィのか。

「……どうだ?」

あどけない顔つきが一瞬こわばり、金髪はゾロの咀嚼をじっと見つめた。ゾロは100回、米つぶを丁寧に噛み砕いてから喉の奥へと流し込んだ。

「美味ェ」

「そうか!」

パッと輝いた丸い瞳にゾロは思わず面食らう。くるくると表情の変わるガキだった。喜んでみたり、怒ってみたり、だいたいお前は……誰なんだ。なんだというのだ、こんな、握り飯くらいで。

「おい兵隊、これからも毎日俺が飯を届けてやるからな」

勝ち誇ったように鼻を鳴らし、偉そうな態度でふんぞり返る。フェンス越しの3メートル。乾いた風が砂ぼこりを舞いあげる。抜けるように青い空。指についた米つぶを舐めとる。……美味い。

「ここは危ねぇぞ、チビ」

「サンジだ!」

金髪は人差し指をまっすぐに、ゾロの眉間にむかって突き出した。こんな無意味な戦争のただなかで、見ず知らずの薄汚れた捕虜の自分に、てめぇだってボロボロになりながら、ただ一心に握り飯を届ける。

ゾロはすっと目を細める。

――いったいどういう心情だぁ、そりゃ。

「……美味そうだな」

「当たり前だ!俺は一流シェフになる男だ!」

気を良くしたのか金髪のチビは「へへっ」と無邪気に笑って草むらに消えていった。

あとに残ったのは夏の匂いと、子どもが落としたわずかな感傷。

遠く故郷の赤い夕陽。たなびく煙、揺れる影。小さな明かりに溶けていく、薄い味噌汁の湯だった甘い匂い。

「……あぁ、腹へった」

ごろり、と草むらに寝転がって流れる雲をぼんやりと見上げる。

じきこの戦争も幕を閉じるのだ。大きなあくびを、ひとつ、ふたつ。

「喰いてぇな……」

知らずこぼれたその言葉の、本当の意味はまだゾロにさえもわからずに……――

 

 

 

 

(完)

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