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あとあじ。

「・・・っん、ッ・・、」

 

ガラスで仕切られた小さな海が、ふたりを青く染め上げている。
キラキラと光を反射する魚たちが、目前数センチを悠々と横切っていく。

空間を満たす乾いた空気は、ソファの軋む淫靡な音を共鳴させ、零れ落ちた嬌声を溶かして僅かに甘く熱を帯びていた。

 

「っ・・おい、ロー・・・、ッく・・・」

 

組み敷かれた躰の下から、コックが小さく声をあげた。
悩ましげに眉根を潜め、ほんの少し困ったようにローを見上げる。
欲情に濡れた瞳は確かに、次の刺戟を待ち侘びているのだが、その蒼い目の奥は、微かな焦燥に揺らいでいた。

 

「なぁって、おい・・・ロー、」
「集中しろ、途中だ。」

 

外科医はじろりとサンジを見下ろすと、白い掌をそろりと胸元に這わせていく。
剣遣いにしては細く伸びる、その長い指先が、まるでサンジの躰を検分するかの如く、厭にゆっくりと輪郭をなぞっていった。

 

 

 

いつも通りの、午後のひとときだった。

 

金糸を揺らす心地良い風に合わせ、ほんのりと甘いお菓子を作ったサンジは、それぞれの船員たちに、今日も幸せを分け与えていた。
皆が見せる笑顔に十分満足したコックは、残ったひとつのお菓子を持って、アクアリウムバーの扉を開ける。
そこには、ソファに深く腰掛けた体勢で、分厚い医学書をめくる外科医の姿があった。
いったい何が面白いのか、そもそも面白いと思っているのか、よくわからない表情でぺらぺらとページを進めている。
一通り、その様子を観察したサンジは、一度深く煙を吐き出してから外科医に近づき、気づいているのかいないのか、その目の前にひょいと焼き菓子を差し出した。

 

 

 

器用に押し倒されたコックの抵抗など、この能力者には全くきかないようだった。
身長の差も関係があるのか、外科医は不要な力も込めずに、平然とコックを組み敷いている。

 

焦らしているわけではないのだろう。

微妙な強弱をつけながら、はだけた胸元に唇を堕としていく外科医は、表情ひとつ変えずに、サンジの反応をうかがっているようだった。
いつものそれとはずいぶん勝手の違う享楽に、微かに戸惑うサンジの細い腰が、時折小さく跳ね上がる。

 

「ここも、か・・・?」

「・・ッせぇな、いちいち確認すんな。」

 

赤らんだ頬で目を伏せるサンジに、うかがうような視線が向けられる。
『おいここか、クソコック・・・!』
意地悪く目を細めた剣士のカオが、サンジの脳裏をチラリとかすめていく。

 

 

さすがの外科医だけあって、人体のプロフェッショナルは、サンジの弱い部分を探し出すのに、多くの時間を必要としなかった。
しかし、いつもであればいつ本番が始まってもおかしくないこの状況で、なおも分析を続けている。
その外科医の並外れた冷静さに、サンジは小さく、舌打ちを繰り出した。

 

「・・・いつまでやってんだ、クソ外科医。」
「まだだと言ってる。」
「っ・・俺ァそんなに、気ぃ長くねぇんだよ・・・!」
「知らん。俺に指図するな、黒足屋。」
「てめぇ・・、いきなり襲ってきやがったかと思ったら、いったい何がしてぇ。」
「何って、・・・てめぇのどこが感じるかを、」
「あぁもう!ばか、言うな!」

 

凄みをきかせて睨み上げていた視線を、慌てて逸らしたコックの様子に、外科医はふっと笑みを零す。

『ずいぶんと、乱暴に抱かれてんだな。』

腹巻き剣士の仏頂面が、不意に頭を横切っていく。

 

黒足屋。てめぇはあいつに、どんなカオで啼くんだ・・・?

 

「・・・だいたい、わかった。」
「あぁ?なにがだよ。」
「てめぇの、“イイところ”だ。」
「っ・・・そうかよ。・・ッな!、」

 

いつの間にか下着1枚にまで身ぐるみを剥がれていたコックの、最後の布が、さっと器用に取り除かれた。
なんとか抵抗を示そうと力を込めた途端、自身の熱い欲情の塊が、外科医のTシャツに微かに刷れて、小さな吐息が意図せず漏れる。

 

思った以上に、感度がいい。

 

外科医はここにきても、ごく冷静に、サンジの状態を分析していた。
その瞳に相変わらず滲んでいる微かな戸惑いと、今にも啼き出しそうに張り詰めた熱い中心が、まるでコックの葛藤そのものを示しているかのようだった。

頭に浮かんでいるのは、あの剣士のこと、なのだろう。

“けなげ”、とも取れるその態度に、普段は低い外科医の体温が、じわりじわりと上がっていく。

 

 


「挿れるぞ、黒足。」
「・・・いちいち聞くな、ばか。」

 

諦めとも似た弱い承諾を受け、細身のズボンを足にかけたまま、ローは自身の下着を半分ほど下にずらす。
そして、黒足の両足を持ち上げ、ちょうどいい角度に尻を持ち上げた、・・・そのときだった。

 

「ちょ、ま、待て待て、」
「・・・いいと言っただろう。」
「そりゃそうだが、その・・・ほら、てめぇも、・・」

 

・・・服、脱げよ。

 

おずおずと差し出された言葉には、儚い羞恥の雰囲気がまとわりついていた。
その匂い立つ色情に、規則正しく打っていた外科医の心臓が、ほんの一瞬、ドキリと大きく脈をはずす。

 

「・・・ロー?」

 

両足を広げながら固まった外科医の様子に、不思議そうな視線が向けられる。
その無垢な瞳に視線がぶつかった瞬間、ローの理性が音を立てて崩れるのがわかった。

 

「おい、黒足屋。・・・覚悟しろ。」
「は?」
「悪ぃが、止まれねぇ。」

 

外科医の額から、ぽたりと一雫、汗が落ちる。

 

ローは、下着ごといっきにズボンを脱ぎ捨てると、上の服を脱ぐ時間すら惜しいという風に、そのまま強くサンジを抱きしめた。
突然のできごとに戸惑うサンジの唇を乱暴に塞ぎ、いきり立つ塊を、サンジのいちばん熱い場所にいきなり突っ込む。

 

「んンッ!!、」

 

重ねた唇の間から、痛みに悶える嬌声が零れる。
固く閉じられたその蕾を、まっかな舌で無理矢理にこじあけた外科医は、熱くしめった口内を蹂躙しながら、激しく何度も腰を突き上げた。

 

「ん、・・・っあ、ッふ、んんっ!くッ・・!や、べェ・・・も、・・ロー、だめ、だ・・・やめ、」
「だめじゃ、ねェだろ・・・っ!素直に啼け、・・黒足屋!!」

 

切羽詰まったように吐き捨てたローの鋭い眼光が、サンジの潤んだ瞳に突き刺さる。

 

「ッ・・・・・!い、・・い、・・・はンっ、」
「なんだ?聞こえねぇ・・・!」
「ッ・・いい、・・・気持、っ・・ッん、気持ちい、ロー・・・っっ!あ、だめ、イっ・・!」
「ッ、ほら、どうして、欲しい・・・っ?」
「・・も、・・・っと、んンっ・・、」
「なんだって?」
「欲し、・・・ッもっと、奥まで、欲し、っ・・ロー!!も、ぁ、やべイく・・・・・イっ・・は、あ、ッぁんんンっっ・・・・・・・ッッ!!!!」
「く・・ぅッ・・・っ!!!」

 

サンジの生暖かい体液が、外科医の黄色いTシャツに、濃く甘い色の染みを作った。

 

 

 

上から3つ、はずしたボタンの隙間から、先ほど堕とした赤みがのぞく。
煙をゆっくりと吐き出しながら宙を見つめた黒足の、薄く閉じられたまぶたには、長い睫毛の影が落ちている。
情事のあとになって上の服を脱ぎ捨てたローが、その下半身だけを布に包んで、だらりと投げ出されたサンジの足下で、ソファに背中を預けていた。

 

「ったく、無茶しやがる・・・。」

 

いてて、と腰をさすっていたコックが、一瞬ぎくりとその動きをとめる。
不審に思ってチラリと目をやると、僅かに頬を赤く染めて、ぷいとローから目線をはずした。

 

・・・“俺の”がまだ、中に、残ってるんだな。

 

そう勘づいた外科医はしかし、あえてそれを口にはしない。

 


コントロールを失った外科医が、酷く抱いたのにも関わらず、コックはいつもと変わらない様子で、ふわふわと紫煙を燻らせていた。
行為は、合意の上だった。
物わかりのいいコックのことだ、そんなことは、わかりきっているのだろう。


——だったら、どうして。

 

外科医の頑なポーカーフェイスが、ほんの僅かに、翳りをみせる。


どうしてそんな、傷ついた目をしてやがる・・・。

 


——・・・そんなに好きか、剣士のことが。

 


導きだされた簡単な結論に、ローは少なからず、心を揺らした。
滅多なことでは崩れない、外科医の強靭なハートの中心が、微かな誤算を生じさせていく。

 


俺じゃあ、だめなのか・・・?

 


胸の内に響く切ない問いかけが、サンジへの想いを象徴して、外科医にじりじりとまとわりついていた。
ふわふわと気だるく漂う紫色の重い煙が、微かな焦燥を湛えた外科医の瞳に、うっすらと影を落としている。

 

「意外に・・・余裕ねぇのな、トラファルガー。」

 

かろうじてニヤリと応えた口元は、切なく歪んでやしなかっただろうか。

 


蒼く澄んだ海風が、どこまでも優しく甲板を撫ぜていた。
甘いデザートは思ったよりも、幾分か苦く、ローの心臓に後味を残している。

 

 


( 完 )

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