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520センズと、約束の場所
※このお話は2013年5月20日にピクシブにUPしました、【鋼錬】ロイエド小説 です。
ピクシブの整理にあたって完全に消去しようと思っていましたが、もったいないとおっしゃってくださった方がいたこと、
私の「原点」で愛着もあったことから、こちらにこっそりと移植しました。
ハガレンは大佐が大好きです。あの頭のよさ、冷静さ、滲み出る狂気、アホさも女好きも、全部ドストライクでした・・・。
ということで、今でもたま~にROM専で楽しむハガレン、お好きな方がいらっしゃいましたら、どうぞ。
「おい、大佐いるか?」
繊細な装飾がほどこされた、重い扉がいきなりガチャリと開き、金色の髪の毛の青年がひょっこりと顔をのぞかせる。
「・・・准将なら私だが。入りたまえ。」
青年は、さも当然というようにズカズカと部屋に踏み入る。足元の真っ赤な絨毯は美しく整備が行き届き、大きく開け放たれた窓からは、春の日差しが差し込んでいる。
一人で使うには広すぎる部屋の真ん中に、弾力のよい革のソファが陣取る。金色の青年は上官の許可も得ず、そのままそこに、どかりと腰をおろす。
「部屋に入るときはノックしろと、何度言ったらわかるかね、鋼の。」
「悪ぃ、さっきそこで中尉に会って、中にいるって聞いたから。」
「彼女は大尉だ。中にいればいいというものではなかろう。だいたい君は、来る前に連絡をしろといつも、」
「わーったよ、悪かったって。次からはそうするよ。」
全く意に返していない表情で、青年が言葉を遮る。その横顔をみとめて、大げさにハァとため息をつく。
ロイ・マスタング。目下、イシュバール政策の指揮官を勤めている、この国の准将である。
「・・・で?今日は何の用かね。」
「んあァ。金返そうと思ってさ。」
「“金を返す”?」
「そ、借りてた520センズ。・・・俺、あさって出発なんだ。」
「そうか。いよいよ、旅立つのか。」
「あぁ。」
「そうだったか。あれから二年・・・、早いもんだな。・・・それにしても、」
ロイは釈然としない様子で、首を傾げる。
「金を返すとは、どういうことだね、鋼の。私はまだ、階段を上りきってはいないが。」
青い軍服の肩に縫い付けられた、黄色い絹のラインが、将官という階級を明確に示している。
『大総統になったら返してやるよ。』
貸し付けた520センズは、青年と交わした「約束」の証だった。
大総統の席につき、この国をより良く変えていくこと。若き信念が着実に実を結びつつあることは、事実である。
しかしそれが手元に戻るには、今しばらく、時間がかかるはずであった。
「いや、そうなんだけど・・・さ。うん・・・。なんつぅか・・・、その・・・。」
青年が珍しく、なにかを言いにくそうに言葉を詰まらせる。表情はどことなく曇り、伏し目がちな視線がキョロキョロと、床の上質な絨毯をなぞる。心許なく膝に乗せられた両の手が、いつの間にか強く握られる。額ににじむ汗は、焦燥の色を映していた。
「・・・不安、なのかね。鋼の。」
ロイはその様子に、ふと思い当たって声をかけた。青年の視線が、自分の右手の拳に止まる。
かつては鈍色に輝いていたそのあたたかい右の手は、彼の決断の過去を象徴していた。鋼の錬金術師。重たい二つ名を背負って、彼はこの国を、守り通した。
「・・・いつ返せるか、わかんねぇんだ。1年後かもしれねぇし、10年後かもしれねぇ。もしかしたら一生、・・・返せねぇってこと、だって・・・っ」
「鋼の。」
ロイが穏やかに声を挟む。
「君が、持っていたまえ。その520センズは。」
「・・・でもっ、」
「持っていなさい。これは、上官からの命令だ。」
「っ・・・。」
ロイに向けられた当惑の眼差しが、心なしかうるんでいる。
「今度は、私からの、約束だ。帰って来るんだ、ここに。何年かかろうとも。必ず生きて、帰ってこい。金はそのときに、返してもらおう。・・・私はしつこいからな、その借金、一生覚えているぞ、鋼の。」
「大佐、・・・。」
「待っている。」
再び目を伏せ、唇を噛み締めた金色の青年は、自らの拳をさらに強く握り締める。吐き出す呼吸が荒くなる。
視線を合わせないのは、今にも泣き出しそうに上気した顔を、目の前の上官に見られたくないからだろうか。
ロイは小さくひとつ、ため息を漏らすと、カタリと椅子から立ち上がった。
ソファにまわりこむと、苦しそうに息をしている青年の背後に、立ち止まる。
小刻みに震える後ろ姿を静かに見下ろす。その肩に手を触れかけて、一瞬、躊躇する。
この小さな背中に、私の想いまで抱えさせてしまうのは、さすがに、・・・重いだろうか。
そのまま、逡巡の時間が過ぎた。
右手を上げたまま立ちすくんでいたロイはやがて、何かを決心した表情で姿勢を低くすると、後ろからふわりと、目の前の体を抱きしめた。
あたたかい体はビクッと一度大きく震え、金色の青年を包む空気がぎくりと固まった。
「・・・なんて言ったか、君の幼な馴染みの、あの女の子。随分と綺麗になったな。まっすぐな強い瞳が、君によく似ている。・・・長いあいだ、待たせるのだろう?・・・男としてのケジメを、つけるときなのではないかね、鋼の。」
「あんた、何言っ・・・」
「私が、何も気づいていないとでも思うのかね。彼女も、君の言葉を、・・・きっと待っているよ。」
「っ・・・。」
抱きしめた腕の中で、青年は戸惑いの混じった息を漏らす。どことなく熱さのにじんだ息遣いに、ロイはおやと、内心小首を傾げる。
なるほど。脈がないということでは、ないのか・・・。
「君には、幸せになって欲しい。」
「・・・こんな状態で言われても、全然説得力ねぇよ、大佐。」
「はは、・・・そうかね。・・・今の私ができるのは、ここまでだ。私は、君が大人になるのを、いつまでもここで、待っている。」
固まっていた空気が、ふっと緩む。その肯定の雰囲気に、ロイの鼓動が微かに早くなる。
「次に会うときは、覚悟していなさい。」
そう言って、金色頭のてっぺんに、静かに口づけを落とす。びくりと小さく跳ねた体の反応は、決して抵抗のそれだけではないことを確認して、ロイはそっと、体を離した。
赤らんだ頬で立ち上がった青年は、そのことを隠すように、顔を背けて言葉を紡ぐ。
「じゃあ俺、そろそろ行くから。長いあいだ、世話んなったな。」
「あぁ。再会を、楽しみにしているよ。」
「約束だからな。・・・待ってろよ、マスダング准将。」
「私はいつでも、ここにいるよ、・・・エド。」
柔らかい絨毯を踏みしめて、スタスタと扉に向かう。その後ろ姿は、未来への決意に満ちている。
ロイは、いつの間にか頼もしくなった青年の背中を見つめ、暖かい気持ちでふっと、笑いかける。
重たい扉がガチャリと開けられると、前方だけを見つめていた青年がにわかに振り返った。
まっすぐにロイを見つめると、耳朶まで真っ赤に染めながら、大声を張りあげる。
「覚えてろよ准将!次は、・・・俺からだ!」
バタンと閉まった扉を眺めて、しばし唖然と佇んでいたロイは、瞬刻ののちにはっと我に返った。
目にかかる前髪をかきあげながら、至極嬉しそうな笑い声をこぼす。
「はは!まったく、君には負けるよ!エドワード・・・っ!」
コンコン、というノックに入室を促すと、リザ・ホークアイ大尉がコーヒーを片手に一礼をした。
「・・・よかったのですか、准将。」
カチャリと机にカップを置きながら、一部始終を聞き届けた様子で、ロイに尋ねる。
「いいんだよ、大尉。彼には彼の、人生があるんだ。それにまだ、彼は・・・子供だ。」
「准将のその目、本気でそのように思っているようには、見えませんが。」
「ははっ!君はいつも、手厳しいな。そうだなこれは、臆病な私の、格好の悪い言い訳だ。しかし、・・・いいんだ、本当に。またここに、・・・帰ってきてくれるなら。」
ロイの優しいまなざしに、深い愛情が滲む。
暖かくも切ないその表情に、あの頃のいくつもの思い出が、ふと蘇る。
「あなたのそのお優しさが、いつもご自分を苦しめているのではないですか。」
「なに。心配無用だ。次会ったときには、タダで帰すつもりはない。」
「・・・手加減というものを、なさってください。彼は、“子供”です。」
さも愉しげに微笑むロイの横顔に、リザは小さくため息をつく。
空はどこまでも青く広がり、美しい新緑の葉がさらさらと風に吹かれている。
窓から差し込む柔らかな日差しが、まるで天からの祝福かのように、旅立ちの季節を彩っていた。
( 完 ― 記念日、おめでとうございました! ― )